屋敷に戻ると、久しぶりに伯爵と顔を合わせた。なにやら取り込んでいたものが完成したらしい。
執事たちは胸を撫で下ろし、それでは今夜は腕を振るって夕食を用意しますと張り切っていた。
 
ここの食事はさすがに貴族だけあって形式に乗っ取って出されるものではあったが、贅を凝らしたものというわけではなかった。料理の素材自体は質素なほどでそれを最高の腕で作る調理人と美しく給仕する使用人、立派な食器がある。
庶民の私はマナーなどほぼ知らず、最初の頃はアルフィノの一挙一動を凝視しつつタタルさ んと一人で必死に食事をしていた。
こんな堅苦しいならもうずっと騎士亭でいいから食べた気がする物をと本気で落ち込んだのだが、それも今ではマナーにも慣れてきたので毎夜のメ ニューは何かなあと楽しみに出来るほどにはなった。
今日のテーブルの上はいつもよりも華やかに飾り付けられ特別な日や客に出されるワイングラスがある。
任務の為に皆が揃うことも結構まばらなのだが今日は息子2人とも家に戻ってきたようだ。
主賓席の伯爵が晩餐の始まりを告げる様に話し始めた。
 
「・・・この所書き進めていた本をようやく完成させる事が出来た。皆には心配をかけたようだがすまなかったな。」
 
長男アルトアレールがまずそれを労った
 
「おめでとうございます。父上。ここしばらくの根の詰め様は確かに心配ではありましたが 完成を心から祝福させていただきます」
 
折り目正しい祝辞に続いて、気持ちはあるのだろうがとりあえず礼儀に合わせてぎこちなくおめでとうございますとエマネランが続ける。
 
「お体に差しさわりが無いのでしたら大変安心いたしました。おめでとうございます。一体 何を執筆されていたのですか?」
 
アルフィノもお得意の形式ばった言葉で完成を祝福した。私もおめでとうございますとエマネランの事をとやかく言えないぐらいぎくしゃくとその言葉に続いた。
 
「うむ」
 
食事が運ばれる前のテーブルに一冊の革張りの本が置かれた。
 
「・・・これからはイシュガルトの民がその歴史を今度こそ自らで作り上げるだろう。しかし新しい時代になろうともそれは全て過去からの積み重ねだ。そして語り継がねばならない。・・・過ちも含めて。 これは今回の出来事を未来へ遺すために嘘偽り無く書きとめた物。そしてアルトアレール」
 
「はい」
 
「これをお前に託したい。そしてこの時より家督をお前に譲る物とする。この本と共にな。」
 
「父上・・・!」
 
いきなりの事で皆が、居合わせた使用人誰もが驚いた。
「新たな国家制度へ移り変わる今が一番いい機会であろう。フォルタン家当主としてお前が参加するのだ。」
 
「父上・・」
 
アルトアレールが席を離れ、伯爵の席の横に起立する。
 
「不肖このアルトアレール、フォルタン家・・・明らかになった十二騎士の真実や貴族としての真偽がどのようであってもイシュガルドの騎士としてこの身を、全身全霊を賭けその名を承る所存です」
 
胸の前で拳を作り見えぬ剣を掲げ、背筋をピンと伸ばす騎士の誓いの敬礼。
家族の中でもこうした礼儀や儀式を重んじるのは庶民からすると、なんと面倒くさい他人行儀かと思うが彼らはこうして自らが背負う宿命を確認しているのだ。
そして奮い立ち与えられた責務に向かっていく。
縛られた人生が愚かとは思わない。
彼らは魂から望んで身を投じるのだろう。
あの男のように。
伯爵も立ち上がり、皮の本をアルトアレールに手渡すと両手で捧げ持ち恭しく受け取る。
 
「英雄殿、アルフィノ殿、タタル殿。さあ、今夜は新たなる伯爵の誕生を是非祝っていただきたい」
 
すこし無骨な厚みだが歴史を感じる形のグラスにワインが注がれた。そして皆も立ち上がり杯を掲げる。
 
「フォルタン家の新たなる当主とこの国の繁栄を願って・・・乾杯!」
  
「乾杯!」
 
エマネランがいつもの調子で愚痴りつつも頑張るなどというといつも通りに突っ込みの合いの手が入ったり、アルトアレールに意中の女性はいないのかという話になったりと微笑ましい、やや無礼講のムードの夕食が終わり、その後しばらく応接室で酒を飲みながら話をし、 夜も更けて来たところでそれぞれが部屋に戻った。
アルトアレールは感概深く眼を潤ませたまま。今夜は忘れられない夜になるのだろう。
 
部屋に戻ってもまだ眠気は訪れず一人で酒を呷っていたが、そこにトントントンとドアをノックする音が聞こえた。
こんな深夜に誰だろうとドアを開けるとそれは元伯爵、エドモン氏だった。
 
「夜分に失礼いたしますぞ・・・もう眠られるのであったかな」
 
「いえ、大丈夫です」
 
思いもしない訪問に多少うろたえながら部屋のソフアーを薦めお互い席に座る。
彼もまた今日の節目の宴の余韻に浸っているような、アルトアレールの様に感概深げに瞳が潤んでいた。
 
「本を、書き終えた時にまず貴方に読んでいただこうかと思ったのですがな。だが、全ての体験は貴方の物だ。様々な出来事・・・・様々な悲しみも。」
 
本の完成を私も喜んだ。その意図も。
あんな受け答えになってはしまったが
 
「・・・あれは、過ちの子と蔑まれさぞかし辛い思いをしたでしょう。しかしそれを跳ね返す様に私の期待に答え育ってくれた」
 
どう育てるとあれほど濃い性格になったのかなあなどと考えるが、それこそ全ての体験はそれぞれのものだ。
複雑な環境に様々な感情が渦巻いても、それは当人しか解らない。
 
「貴方は、あれを恨んでおられるのかもしれませんな」
  
「・・・いえ、そんなことは」
 
「せめても愛の証にと騎士として育てたのは私です。どうか、許して欲しい。あやつの事を」
 
言葉にはできず、そっと首を横に振った。
声に出そうとしても、何を言えばいいかがまず解らなかった。
そしてもし言えたとしても簡単で単純なものになってしまうだろう。
多分、それが嫌だった。
 
「いつか」
 
喉元に登る何かの正体を呼ばぬまま、こらえながら私もまた潤んだ眼をしているのだろうと思いつつ言う。
 
「ここを離れる事があっても・・・また、来ます。そしていつか・・・懐かしく思うこともあるかもしれません」
 
「・・・ええ、是非。いつでも来られるといい」
 
部屋を去るときに、彼は私を息子のように抱擁した。
 
空っぽの心はいつも何かの音に満ちている。
それを聞きながら生きていくんだろう。最期の時まで。
 
 
 
 
inserted by FC2 system