フォルタン家の食堂に居候の暁三人はよく集まる。
私がこの屋敷に居るときは、食事時以外ほどほど人のいないこの部屋へ好んで来るのでいつ の間にかタタルさんもアルフィノもやってくるようになった。
応接室はなにかと来客が多いので落ち着かないし、何より豪華すぎて居心地が悪い。
フォルタン伯爵も足のせいなのだろう諸々の前線に立つ事はないらしく主にこの屋敷や精々 騎士団本部に足を運ぶ程度の業務をこなし空いた時間の合間には気さくにここへやってきて 私達と雑談をしていく。
その穏やかなひとときも私は好きだった。

最近余り姿を見ないのだが執事が言うにはこの所部屋に篭って夢中で何かを執筆しているら しくそれは夜を徹する事もあり心配なのだがいつもの伯爵らしからぬほどの気迫が漂ってい て口を出すのも揮られるほどなのだそうだ。
 
この部屋の隅っこに私は腰を下ろし、大きく使い込んだ旅行鞄の中身を全部ぶちまけた。
故郷から呪術ギルドへ入会する為にウルダハにやって来た時からの長い付き合いの鞄はあちこち角が擦り切れて 皮の色もすっかりくすんでしまっていた。
そろそろ買い換える時期かなあとか思うが、鞄というものは使い込むとそれに体が馴れてこ のポケットにはこれ、このスペースにはこれとさっと取り出せるので新しい鞄を買った後しばらくはその形で使いやすくするために何処へ何を入れるかを悩む事になる。
それが面倒で売っている鞄を見てこれはいいと思っても購入までには中々ならない。
 
「あれ?どこかにお出かけでっす?」
 
タタルさんが食堂に現れて、あたりにぶちまけた鞄の中身を興味深げに見回している。
 
「いや鞄の中身を整理してるんだよ。色々一段落ついたからね」
 
「そうなのでっすか」
 
一通り中身を出し終わった鞄はびっくりするほどくたびれていて老人のように頼りない。

「お薬がいっばいなのでっす」
 
「掛け出しの頃は用心深く色んな薬を用意してたからね。自分で錬金術を習ってもいたし」
 
転がったいくつかのビン。小さな数本のビンはその頃作った効力の低い魔力補充用のエーテルだ。
今はこの程度の効き目ではなんの足しにもならないけれど、あの頃はまだ未熟で魔力の管理 もよく失敗したから手放せなかった。それとアレンピックや錬金のための道具。基礎素材の岩塩と蒸留水は薬草さえ手に入れればいつでも作る事が出来るようにと常に持ち歩いていた。
ウルダハから追い払われてからというもの余裕が無くて中途半端になってしまっているがそろそろ腰を据えて勉強を再開しなければな。効力の強いエーテルは作れないのでもっばら懐を痛めつつ買っている。
 
「もうこれは使わないね。処分しよう」
 
エーテル瓶をひとまず背中側にまとめて置いて、使えそうな薬品と・・・岩塩と蒸留水も使わないだろうなと思いつつまた鞄のいつもの場所に入れる。
こういうことをするからいつも 荷物が嵩張るのだが。
皮袋に纏めて入れてあるのはそこそこの値段で売れるモンスターの角や布を作るための繊維や植物だ。
開けると少々不穏な匂いがする。
 
「このやわらかい皮、服を作るときにでも使うかい?」
 
「使わないのでっす」
 
巴術はモノにならなかったみたいだけど裁縫の腕前は凄いからな。いまさらこんな安い物は使わないか。
業者に持ち込んでもどうせ一束三文だろうしこれも背中側に置く。
他のそこそこで売れそう な物は後でリテイナーさんに頼んで売って貰おう。そう考えて2ケ月ぐらいそのままだったのを思い出しつつ皮の袋の口を縛って鞄のいつもの場所に入れる。
タタルさんが転がっているマテリアを手に取って眺めていた。それも大して効果の強い物で はないので使う事もないだろう。
 
「それ、欲しいならあげるよ。小銭程度の値段だろうけどね」
 
「いつか使うことがあるかもしれないのでっす」
 
「そうだねえ。でもまあ今の所必要でもないからねえ」
 
魔力の篭った石は独特の輝きをするので締麗だからつい手にしたんだろう。
そこまで興味は ないようだ。 これも売ってしまおうか。
あとは非常用の保存食と調味料やミネラルウオーターの瓶。そし て纏めると小さくコンパクトに持ち運べる調理器具。
全てに欠かせないクリスタル。からっぽのワインの瓶もある。いけない忘れずに新しい物を用意せねばなるまい。
 
「・・・これは旅に出る準備でもしているのかい?」
 
出かけていたアルフィノが帰って来た。またこの有様を見てタタルさんと同じ事を言う。 しかしどこか動揺しているようだ。
 
「いや荷物整理をしているだけだよ。ここに来てから慌しくて余裕がなかったからね」
 
また同じように説明をすると、そうかと少しホッとしたように答え、タタルさんの横に腰を下ろした。
 
「君はまだ色々慌しいようだね。ご苦労様だ」
 
ウルダハの一件は落ち着き追われる身でもない。クリスタルブレイブは解散し、暁も壊滅状態だったがそれでもまた人々が集い出し動き始めた。
石の家でも活動が再開したのでこことレヴナンツ トールとを頻繁に行き来して最近外出も多い。
 
「イシュガルドもまだまだこれからとはいえ落ち着いた。我々もまた進んでいかなければね」
 
ミンフィリアの為にも、という意味もある気がした。
突然の別れとその消息は想像を超えるもので最期に言葉を交わした私でさえどこか実感が無い。
アルフィノやサンクレットにしたってそうなのかもしれない。
 
「・・・そうだね」
 
多分、そのうちこの屋敷から、イシュガルドから石の家に戻る事になるだろう。
もう少しこ の国が落ち着いたらとでも算段をつけているのだろうか。
地図や手帳などを確認しながら選別していると、ひらりと折りたたんだ紙切れが手元から落ちそれをアルフィノが拾い上げるとそこからさらにひらりと押し花が舞った。
 
「おや、カーネションか。好きなのかいこの花が」
 
そっと拾い上げて紙に挟んで私に返してくれた
 
「・・・なんだったかな、雑用でウルダハのワイモンドさんに会いに行った時だ。 またいつものように色々あってね。そのときに元花売りのお嬢さんにもらったんだっけかな。珍しいものでもないとはいえ捨てるのもなんだか薄情な気がして」
 
「君らしいね」
 
いつもの上品な微笑でふふっと笑う。
優柔不断の意味なのか多少気になる。
地図やら手帳やらと合わせて鞄の中にある大きめのポケットの中へ突っ込んだ。
これであらかた整理は終わったのであとは不必要なものを処分すればいい。
背中側の物たちを纏めて鞄の上の方に入れて蓋を閉め、よいしょと担いで立ち上がった。
 
「じゃあちよっと出かけてくるよ」
 
そう言うとアルフィノがまた動揺したような表情で私を見た。
 
「ああ、宝村通りにでもいって色々処分したり買い足したりするんだよ。急ぎの用事があれ ば呼んでおくれ」
 
「解ったよ」
 
おそらく言葉も無く行ってしまったエスティニアンの様に私もふらりと出て行くのではないかと思ったんだろう。
元々はまだ16とは思えない生意気さだったのにかわいらしくなったものだ。
あの日、枕元で泣く彼を見て最悪を一瞬でも覚悟し、エスティニアンが眼を開けたときは 久しぶりに殴り飛ばしてやろうかと思ってしまったがただの少年として経験したあの旅は彼を少し素直にしたのかもしれない。
エスティニアンが 何も言わずに去って行った事を私も、きっと皆もアイメリクも仕方ないな、という風に受け 止めている。
今まで命の全てを賭けて復讐の為に生き、ニーズへッグに深く絡め取られた因 縁から開放されたのだ。
この国から離れて考えたい事もあるだろう。 アルフィノも水臭いなとはいいつつそれ以来特に話題に出さない。
別に私たちが逢いたいと 思えばきっといつでも逢える。今はそうしないだけだ。
 
 
マーケットであれこれ売ったり買ったりしたその足でそのままクルザス中央のあの場所へ向かった。
4カ国同盟が結ばれた日以来だった。
イシュガルドがよく見えるはずのあの丘も今日は降る 雪のせいで見えない。
石碑の傍には枯れかかった花が供えられている。
蒸留酒の瓶のコルクを抜いて、中身をその石碑にドバドバと流した。
 
「・・・面白いのが取り柄なのにこんなつまんない物になっちゃってまあ」
 
あの時見送った背中。それが全てだ。ここに来ることももうないだろう。
 
「お前の分まで精々飲んだくれるさ」
 
瓶を空にして勤に仕舞いそこを後にする。
雪の向こうから人影がやってきてお互い軽く会釈はしたが言葉は交わさずすれ違った。
 
 
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