町人街の船着場で腰を下ろし、無二江河をぼんやりと眺めていた
薄雲がたなびく空の朧月が大河のさざ波をキラキラと光らせる
深夜の水面の暗闇にはそれだけが浮かび上がり、大きな川はただひたすらに静かに流れていく

━確かにあれは生き様だったろうさ

解放後に川の中を何度か探索したがそれらしき「物」は見つからなかったらしい
ドマ城に流れ込んだ水の勢いはかなり強かったらしく、戦の「残骸」の幾つかは大きな水上城壁をも越えた先にまで流れ着いていたとは言うが

天井を受け止めるなどという常人離れしたあの男も
最後の最後まで憎悪を消す事もなく足掻いた執念深い女も
そして、その命を最後まで駆け抜けた、終いには機械仕掛けにまでなってしまったあの帝国兵にしても

━いったい何処へいったんだろうなあ

「・・・そのように魂を放り出すように油断しておったら」

後ろに気配はあったのだが気にせずそのままに水面を見つめていた私の背中に声がかかる

「水の中から物の怪が飛び出して来てあっというまに攫われてしまうぞ?」

寝ない子供をたしなめるように言うとヒエンはそのまま隣に腰を下ろした

「用を足すといい出て行ったきりでどこにいったのかと思いきや・・・」
「少々飲みすぎたから酔い覚ましにね」
「なるほど?それではこの後まだ酒宴は続くという事か?アルフィノ殿もつぶれてしもうたしな。お主はもう少しイケるのだと思うっておったが」
「いやいやさすがにもう無理だ。ヒエン殿ほどザルでもないんだよ私は」

アルフィノとクガネで落ち合い大使館であれこれ情報資料を纏め山の様な書類を二人して抱えてヒエンを尋ねて来たのだった。もしかして身辺警護というよりは荷物持ちとして呼ばれたのだろうかという量を。
それをどっさりと積み上げるとヒエンは目を丸くした。これ全てを処理しなくてはならない事にうんざりしたのだろう

━・・・なんと細やかな仕事だろう!さすがアルフィノ殿じゃ!ささ、折角来ていただいたのじゃ。もてなしの夕餉でもまずいかがかな?

帝国が去った今この区域の流通をどうするか
反対に地域の特産品を商売にするため商会に掛け合った結果やら
残る属州の反乱運動と連携をとる為にエオルゼア4国側の今後の対応を駆け回って形にした情報やら
不足している物資援助に何が必要かをまとめる為の資料やら
その内容について意気込んで説明しようとしたアルフィノを調子よく振る舞いの席に座らせそのまま私を巻き込んで酒宴にしてしまった

「しかしまだ少年というのによくあれだけの仕事をこなすものだ」
「・・・あいつは頭が本当によく回る。最近じゃ酒の断り方も覚えてね」
「ほう」
「さっさと酔った振りをしてしまうんだよ。そんな時には実に可愛らしく眠たげにして・・・今日にしたってそうだ。まあこすっからい」

最初の頃は付き合ってやると言わんばかりに杯をなんとか開けていたが、言う事を全部聞いていてはキリが無い事に気が付いてしまったらしい。大人になったといえばそうなのだが

「ハハ!しかし本当に疲れておいでかもしれんぞ?ワシでさえあんなもの全部目を通すだけでもどれだけ根気が持つか」
「・・・今日はじゃあ痛み分けだ。長くなりそうな会議をうまくかわされたのだし?」
「あれだけの量に向かい会うには心の準備が必要じゃ・・・まあいうてくれるな」
「私だってあれは同じ気持ちにきっとなりますよ・・・ええ」

そうは言っても明日からは真剣にあの書類の山と格闘を始めるのだろう
横顔を窺えば薄曇の夜の中で月の光はヒエンにも降り注ぎ
逞しい首筋や傷だらけだが隆々とした腕の筋肉を闇の中から滑らかに艶やかに浮かび上がらせる
顎髭を蓄えてはいるがヒューランらしいやわらかい面差し

ドマ城突入の前日に私に語ってくれた国への想い

━守ろうとしている物は、実は、小さい

陽気で豪胆な印象のこの男が語った言葉はそれに反し思慮深くかなりの葛藤をくぐりぬけたのであろうものだった
首か、剣か。
再会の市を見下ろす小高い丘の上で与えられた運命を静かに受け入れその時を待っていたのだ
国民に命をも委ね、この亡国寸前の新しき王は

━いい男だよなあ

例えるなら、もくもくと湧きあがる入道雲だなと思った
晴れた空に大きく美しい壮麗な城の様にそびえ立ち
そこには自分が無くした何かも、知らないはずの幸せも満ちた国があると夢想してしまいそうな
その姿を追いかけて付いていくならば、大らかな腕を広げてそこへいざなってくれそうで

・・・・いったい何処へいったんだろうなあ
そんな泡沫の様に立ち登る雲の夢でも見ているんだろうか
この川底にでも転がっているだろう、あの、いとおしい骨たちは

ヒエンが私の視線に気が付き振り向いて目が合うと、なんじゃ?と笑顔のおどけた調子の顔をしてみせた
きっと見惚れていた事も見通す風情で

・・・そうだこの雲の城にはやんちゃな小僧が住んでいるのだ
活発でイタズラ好きで負けず嫌いの少年が、きっと

「アルフィノも・・・私の小さい友人もきっと立派な男になりますよ。頑張り屋のシュン坊みたいにね」

バツが悪いのをそう濁すと、こやつめと言わんばかりに笑いながら大きな肩を揺らし私を押した

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