「やっぱり笑っちゃうんだよなあ。君がこの街にいる風景を見ると」
「なんだいそれは」
「だって全然似合わないじゃないか」
「じゃあ他の皆なら似合ってるっていうのかい?」

 
彼の少々無茶な言いがかりにアルフィノは笑って答えた

 
「似合わない、は言い過ぎか」

 
気持ちのよい天気の日だった
第一波止場の真っ赤に塗られたデッキから海を一望出来る場所にベンチが置かれていて、そこに二人で座っていた。

蔵にはせわしなく船で到着した荷物が運ばれ鍛冶屋からはカンカンカンとリズミカルに鉄を打つ音が響いてくる。
船着場の人々の活気にさわやかに青い空を刷く白い雲。
潮騒の音が満ちる中にぎゃあぎゃあと海鳥の鳴き声。
遠くの帆船がのんびりと陽炎に霞ながら横切っていき、屋形船も呑気にやってきて街の水路に進んでいく。

 
「こんな遠い異国に君と来るだなんて思っても見なかったんだろうな。だからなんだか可笑しい気分なんだろう」

 
アルフィノ自身は海洋都市のシャーレアンから船に乗りやってきたので、ある意味エオルゼアは異国の地であった
その果てに流れ着いた、噂には聞いたひんがしの国。

 
「あの日・・・君と乗り合わせたキャリッジでウルダハに向かったのはね、呪術ギルドにでも入会して都会の町で割のいい仕事でもありつければな、と思ってたんだ」

 
アルフィノにしてもその時のことはよく覚えていた。
偶然に乗り合わせた黒衣の森からやってきた青年との旅路は今もこうして続いたままだ。
そう思うと、今までの様々な出来事と共に振り返れば確かに可笑しい、と言えるのかもしれない。

 
「・・・私には3人の兄と、一人の弟がいたんだ。でもその弟は生まれつき体が弱くてね。
持病もあって、薬を飲み続けないと生きていけないほどだった。
だけど霊災の影響でその薬が手に入らなくなったんだ。

あのころは食料不足で野菜も高値で取引されて、農家は意外と裕福だった。
だからどんな値が張ってもいいからと親は必死に薬を買おうとしたけど結局間に合せ程度の物しか手に入らなかった・・・
でも弟の病気にはそれでは不十分だった。そして死んでしまってね」

 
のどかなキャベツ農家の暮らしに飽きて飛び出してきたという育ちの話は聞いたことがあったが、それは初耳だった。
思いがけない突然の打ち明け話に驚き憐憫の表情を浮かべたアルフィノを見て彼はいやいや、とすまなそうに笑う。

 
「別に、身内が死んでしまうなんてよくある話で珍しい事じゃない。
君にしたっておじいさんをあんな風に亡くしたろう?
もちろんルイゾワ氏には本懐を遂げた上であったとしても。
・・・私たちにしても、この手で人の命そのものを奪ったりもしてきた。
確かに弟はまだ若かったけれど、それは仕方ない事なんだ。あの子の寿命がそこまでだったってだけなんだろう。時代も何にも恨んだり怒ってやしない。残された私たちは、もちろん悲しいけれど、それでも前を向いて生きていくしかない。それも間違ってるだなんて思わない。すべてを受け入れて、また笑いながら。・・・でもふと、虚しくなってね。
豊かで美しい森の中でキャベツは葉を巻いてすくすくと育つ。毎日毎日葉を巻いて。
どんなに悲しい事があっても、白々しくても、私たちはそれを微笑みながら見守って。
でも、ある日に、畑を見渡してぞっとしたんだ。
たくさんのキャベツがきっしりと、そんな毎日を葉に巻いて畑一面に育ってる。
・・・何故だか解らないけれど、ここを離れないといけない。そう思い立って家を出た。」

 
確かに、様々な命の終わりを私たちは見てきた。
その度に結局選ぶしかない前へと進む選択は、時にこうして心をすり減らしてしまうものだろうか。
自分の半身とも言えるアリゼーが斬られ重症を負った時の恐怖は今思い返しても背筋に汗が滲むほどだ。彼女を無くしたくはない。だからといって大人しく下がる性格でないのはアルフィノ自身が一番理解していた。彼女だけじゃない。無くしたくないのは。
だから強くなりたいと願ってあの日から夢中で走り抜けてきたはずだ。

 
「それは何から逃げたのかもしれない・・・
けど、多分あの時は「選ばない」事をきっと選んだんじゃないかなって・・・
事あるごとに、流されているんじゃないかって言いたげに君たちは私に質問してくるよね。
でも、いつだって選んできたんだ。いつもね。正しいかどうかなんて解らないけど」

 
ふと、マトーヤの問い掛けを思い出した

 
━なあ、坊主。お前はいったい何がしたいんだい?

 
あれからその言葉に何度も自問自答を繰り返してきた。
故郷からアリゼーと二人で出発してからずっと変わらずある決意、祖父の跡を追いその願いを受け継ぎ繋ぐ事。
愚かな思い上がりで手のひらに乗り切らぬ野心を選んでしまった失敗もあった。
しかし、その意思に間違いはないはずだった。

 
「・・・心が動くというのは、つらいことだ」

 
話を横で聞きながら自らもまた心を振り返っていたしばらくの沈黙の後に
独白の様に彼はそうつぶやいた

 
「いつもいつも波立って、音が鳴り止まなくて。もういっそ、全て止めてしまえないかと思うぐらいに、煩いぐらいに」

 
物騒な物言いだったが、この真昼の明るい世界の中で聞くその言葉からは
どこまでが本気なのか、ただの弱音なのかも解らない。

 
ふと、強い風がごう、と背中側からやってきて彼の帽子をふわりと浮かせる。
あわててそれを手で押さえると、吹きぬけた風は入り江に舞っていた海鳥の一団の元に届いたのだろう
皆一斉に翼を広げ高度を上げた
目で追った青い空を見上げれば、真昼だというのに月が出ていて
夜の支配者だなんて誰のことですか?としらんふりするように
あの威圧感も纏わずとぼけた表情をして
昼の太陽に昼の月。鳥が舞い風が吹いて潮騒が満ち
異邦人も敵国民も集うこの街は変わらず人々の活気に息づいている
今こうして、まるで世界の全てがここに存在しているかの様な時間も越えて
目の前には常に新しい地平線がやってくるんだろう。
自分がいまだはっきりと指し示せないこの道程に

 

 

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