既に日は暮れて暗い道にサラサラと粉雪が穏やかな風に乗って降り続く。
キャンプに向かう竜の群れが発見され、それを迎え撃つ為にフォルタン家の兵と共に出撃したのだ。
何とか阻止出来た帰り道、兵たちも疲れきり重い足取りで黙々と帰路についていた所だった。
ウルダハの騒動後にドラゴンへッドにかくまわれてから客人扱いといえど世話になっている 以上協力出来る事があればこうして兵達と共に行動してきた。
想像以上に竜達は活発に事件を起していて驚く。
ここまで頻発するとは、千年戦争の因果は余程深いらしいといまさらイシュガルドの苦難を思う。
ドラゴンへッドの建物が雪の横切る視界の向こうからぼんやりと浮かび上がり、石の門の上部にある見張り通路に置かれた松明の光が見えた。
その横に照らされた人陰があり、近づいてそれが白い髪の小さい姿だと解った
アルフィノは自分の帰りを待っていたのだろうか。
やあ、と門の下から手を上げると向こうも気が付いたのか手を上げる。

 
「皆ご苦労だった!」

 
鋼を研ぐような硬質な声が広場から聞こえた。
兵達をねぎらう為に出迎えたオルシュファンだ。
皆の疲労に沈んだ表情がほのかに和らいでいく様子を見るとこの男の存在がこのキャンプに流れる血潮の様に、いかに大切なものなのかが解る。 

 

「無事でなによりだ友よ」

 
銀髪のすらりとした凛々しい姿が私を見つけるとまっしぐらにこちらへ寄って来た。

 

「手薄になるここを離れる事が出来なかったが、お前ならと安心してその姿を思い巡らせて いたぞ・・・雪原の中に立ち上がる陥のごとく兵達を鼓舞する美しい肉体をこの日で見たかったのだがな!ともあれ感謝するぞ!」

  

相変わらず呆れるほどの好意をぶつけるように言う。
これもいつもの事でさらにここ数日で慣れたので、もう驚きもドン引きもしない。
これがな きや本当に非の打ち所が無い騎士なんだがなあ。
自分より少し低い背に手を回し、その肩を抱いてくたびれた体をそのままオルシュファンにもたれかけさせる。

 
「・・・どうせ暇だしな。しかし本気で手伝うとこんなに忙しいとは思わなかった。竜ども は本気で攻めて来過ぎだろう。苦労してるんだな」

 
竜族との対立、加えて異端者や貴族同士のけん制やら。

淑女でも抱くようにやんわりと私の腰へ手を回し建物の扉へと歩き出した。

 
「まず食事を取るといい。・・・もしさほど疲れていないなら今夜も私の部屋へ来るか?」

 
一応逃亡者であるからそうそう酒場へ出歩く事も出来ず一人飲む私を見かねてか夜になるとオルシュファンが自分の部屋の暖炉で飲もうと誘ってくれる。
が、周囲はそれを深い関係が あるように誤解しているらしい。
本当にただ酒を組み交わすだけなのだが面倒なのでそのままにしている。
「特別な」客として扱われるのは都合がいい。彼に困る事があっても自業自得だ
ふと、門の上にいたアルフィノを思い出す。私が帰ってきた事には気が付いていた様だったのに周囲にはいない。
確認してそのまま部屋に戻ったのだろうか。

 
「どうした?」

 
当りを見回す私に気が付いてオルシュファンが扉の前で立ち止まる。

 
「いや、なんでもない。まあ先にメシ食わせて貰うわ」

 

雪は夜が更けるほどさらに激しくなり、風も木々を揺らし、枝に積もった雪がひっきりなしにとさりとさりと落ちる音が聞こえる。
アルフィノは先ほどの場所から一歩も動かずにそこにいたらしく頭には雪が積もっている。
食事をして部屋に戻ってもアルフィノはいなかったので、まさかと思いながら見に来たのだが同じ姿で通路の手すりに寄りかかっていて呆れてしまった。
後ろから近寄りその頭の上に暖かい飲み物が入ったカップをトン、と乗せると大して驚くで もなく私を振り返る。

 
「考え事が忙しいみたいだね」

 
「いや・・君を待っていたんだけどね」

 
「様子を見に来なかったら雪ダルマになってたな」

 
カップを渡して頭に残る雪をバサバサと掃うとやはり冷え切っているのだろう渡されたカップを手のひらで包み暖を取っている。
兵士たちに支給されるあまり質の良くない皮で出来た量産品の地味な色のコートを着ているがその肩にも雪が積もっていた。
着の身着のままで来た寒いこの土地で過ごすためにオルシュファンから貰ったものだ。
それを彼が着ているのを見るとなんとなくやるせない。
良家の子息ならもっと仕立てのよい物を着ていたろう。
いくら逃亡中と言えど用意は出来るのだが彼は今身の回りに気をかけるどころではないらしい。
ここ数日は無理をして普段どおりに振舞ってはいるが押しこむように食事を取り、あまりよく眠れていないのだろう顔色も悪い。
とても痛々しいのだが私たちはそれを見守るしかない。
この小さい姿はふらりと目の前に現れて堂々とした振る舞いで私の周囲を当然の様に動かし ていった。
それはまだ少年であるのを忘れてしまうほどだ。
正直生意気で倣慢さが鼻についたが、いつだって国を考え他人を見守り思いやり、真剣に事態に立ち向かう。
そしてそれら を処理できる手腕があった。 ウルダハ事変では流石に財界の魑魅魍魎どもや亡国の怨霊相手となると手の平の上に乗せきれるものではなかったらしく若さ故の過ちなどという言葉で済ませるにはあまりにも重過ぎる結果となった。

 
「すまないね。私も何か手伝うべきなのだろうが・・」

 
「退屈だから参加してるだけさ。本当は逃亡者がウロウロするべきじゃないんだ」

 
考え込ませるぐらいなら連れまわすべきかと思ったが少々は魔法が使える程度で実戦の経験なんてないだろう。
それにこの様子じゃ危険な場所で集中できるかどうか。

 
「色々あったんだ。今は休むといい」

 
本人もそれは理解してるだろう。

 
「・・・・・・・・・ごほっ!」

 
アルフィノが手の平で包んだカップの飲み物を一口含んで吹き出してしまった。

 
「これは・・・?」

 
「私が食後の1杯で飲もうと紅茶にブランデーを入れてもらったんだけどさ。どうせ最近寝れてないんだろう?酒でも飲んで寝ちゃえばどうだい」

 
「・・・ワインぐらいなら飲んだ事はあるんだがね」

 
渡したカップを取り上げて一口啜る。

 
「ほう?じゃあ部屋に戻ろう。これからオルシュファンと酒を飲むんだけど君も付き合うと いいよ」

 
「 ・・・今日もかい?」

 
何がつまらないって飲まない人の前で飲む酒ほどつまらないものはないから仕方ないじゃないか。
ならついでに飲めるようになってこれから酒の相手になってくれればいいんだ。

 
「わかったよ」

 
ようやく手すりから体を起したアルフィノと応接室・・・雪の家へ向かった。
司令室で待っていたオルシュファンの所へ行き、今夜は皆で一緒に飲もうと言うとなるほどとうなずいた。

 
「そうか、彼にもそろそろ酒の不味さを教える頃か」 

「うむ。こんな事ぐらいでしか大人面出来ないしな」 

「では精々胸を張れる様にせねばな。取っておきのイイ酒を出してやろう」

 
雪の家の大きなテーブルの一角に椅子を並べ4人の酒会を開いた。
タタルさんもニコニコと席についたが、酒よりもふさぎこんだアルフィノがこの小さなパーティで少しでも元気が出ないかと期待しているようだ。

 
「おっ。ワインポート産か。結構お高いやつだ」 

「イシュガルド産もあるぞ?水がイイから引けは取らない!」

 
二人してワインや果実酒やら蒸留酒をテーブルに並べてあれがうまいこれがうまいとアルフ イノに薀蓄を語る。

 
「ななな。ここに来てからずっと見てたんだけどさ」

 
棚にある幾つもの酒瓶を指差した

 
「あれ・・・イシュガルドのお高いやつか?」

 
「そうだな。かの国では名のある酒蔵のものだ」

 
「ほー。さぞかし旨いんだろうなー」 

「うーむあれは他の四大名家からの贈答品で・・・」 

「そうかー貴族様がお飲みになるような酒かー私には縁がないなーすごいなー 

アルフィノみたいな初心者でもするっと飲めちゃうぐらい上品で素晴らしい酒なんだろう なー?思わない?」

 
次々と進められるままに杯を空け流石に酔いが回ってきたのか赤い顔をしたアルフィノにわざとらしく聞いた。

 
「そ、そうだね」 

「飲んで見たいよなー?」 

「わかったわかった。お前はイシュガルドに十分貢献したからな。褒美として飲むに値するだろう!」

 
噂に聞いた酒蔵のラベルもあるのを見つけここに来てから目を付けていたのだ。ああも渋ると言う事は相当高い酒に違いない。

 
「酒は飲むためにあるのだ!英雄たるお前が口にする事を喜んでいるであろうこの酒も!」 

「よしー!くるしゆうない飲んでしんぜよう!」 

「・・・意味がわからないのでっす」

 
そんな悪ふざけの調子でタタルさんは付き合いきれないと途中で寝室に戻り、とうとうつぶ れて机に突っ伏してしまったアルフィノを笑いながらオルシュファンとこの部屋の酒全部飲 み尽くせと次々と棚の酒を空けていき、無駄に盛り上がった途中で記憶が無くなった。

 

「・・・・なんでフルチンで寝てるんでっす」 

「・・・・・!!!」

 
そういえば筋肉接待とか言いながら服を脱ぎ床でそのまま寝てしまった私の股間を朝になって起きてきたタタルさんに踏まれて目が覚めた。

 

 

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