細く軽いその刀はよく知る剣や斧の様にその重みも載せて相手を砕く武器ではない
刀がひらり一閃すると狼の体は血飛沫を上げ砂の墓に薙ぎ払われた

「・・・そんな事は知ってるんだ」

今はまだその時ではない、などどいう男に対し沸々と腹の中から感情がこみ上げてきた

「武士道、騎士道、忠義、大儀・・・そんな言葉、皆どれほど口にしたか・・・!」

ゴウセツが荒い口調に驚きの表情を向けた
怒りのような固まりは胸をせり上がり喉元を締め付け、それ以上言葉が出てこない

まだ薄暗い頃にここへやってきたが
空に淡い光が差し込んで遠くの空や砂地を朱色に照らした
夜明けだ

岩場の向こうにに続く水も無くただ広大で過酷な砂漠にもきっとゼラ達の部族はあるのだろう
そんな土地でさえ生を受け暮らす事を選んだ人々が居る
足元の暗かった砂の墓には男の遺体、狼の死体。周囲にはやたら白い干からびた骨片が散らばっているのが見え、羽虫の音が小さくうねるように響く
獣や虫どもにはいい餌場なのだろう
死して肉は食われ骨は砂になって地に帰り命は母なるエーテルへと去っていく
大地に雨が降り水が流れキャベツは葉を巻いて風が土をなぞり争いの炎の性が人を焼きまた地に返す
至極当たり前の摂理
そんな事はとっくに知っているのだ。この喉元にある言葉も知っている
儚く悲しいほどちっぽけで容易く時の流れに飲まれる命を哀れむ言葉
何度も何度も奪われ、取り上げられ、失って時には自分で胸から引きずり出して地面に叩き付けた心だ
どれだけ無くしても、何度も何度もうんざりするほどそれは胸に蘇る
陳腐過ぎて口にもしたくは無い言葉

そう、いとおしいのだ

「・・・シュン坊もな」

何も言えなくなった私にゴウセツが語りかける

「稽古で勝てぬと悔しそうに何度もわしに立ち向かってきたんじゃぞ?そんな顔で泣きながらな」

今更顔を覆っても隠せぬほどに涙がポロポロとこぼれ止めようが無かった

ほれ、とゴウセツが両手を開き大きな胸を見せる
お望み通りに悔しさを渾身の力で拳で叩き込んだ
おどけるようによろめいて痛がって見せる
口を開けばばきっと子供のように声を出してしまうだろう
だからもう何も言えなかった

だけど今、私は泣いていいのだ

 

 

 

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