キャリッジが岩山の坂道を登りきるとそこは切り開かれた土地に豪華な屋敷が立ち並ぶ住宅地だった。

 

「あの一番上に見えるのがロロリトの屋敷だ」

 

隣に座るラウバーンがそう説明した。
華美ではないがどの屋敷よりも大きく聳え立ち下の区画を見下ろすような威圧感がある。
ウルダハからの本道はまっすぐにその頂上の屋敷へつながっていてここが住宅地と知らなければ小さな国の城の様にも見えた。
緩やかな斜面に舗装された道はかなり広く、数台の馬車がすれ違えるほどの幅があり
同じく広く取られた歩道もこの地域では見かけない小さな白い花を付ける低木の垣根で飾られ、用水路には噴水があちこちで爽やかな飛沫を上げている。
だが裕福層が暮らすこの地域では徒歩で出歩く者はいないだろう。

彼が所有者なのであろうこのキャリッジにしても上級階層向けの立派なもので、座り心地のよい座席に身なりのよい専属のララフェル族の御者。
この男がかつて砂蠍衆で国のトップに立つ地位であったのを実感する。 
キャリッジが大きく方向を変え本道から横に反れ上部よりは幾分規模は小さいがよく手入れされた庭や立派な門構えの家々が立ち並ぶを進んでいった。
この高低差も階級の証なのだろう。

 
到着したのは区域の端の端、周囲よりさらに質素で小さい館の前だった。
それでも庶民からすれば立派なもので、十分「屋敷」と呼べるほどはある。

 
御者が門の鉄格子を開き敷地にキャリッジを進ませると館の玄関からララフェル族の初老の男が出迎えるためか姿を現した。

 

「お帰りなさいませ。ラウバーン様」
「長らく留守にしたな」
「アラミゴの件が片付いたというのにまだまだお忙しい様ですのう」

 

男がラウバーンの横に立つ客人に気がつき一礼する

 

「ようこそいらっしゃいました。かねがねお話は伺っておりますよ。英雄様」
「こやつは我輩がこの家を手に入れたときからの長い付き合いでな」
「・・・もう何年になりますかねえ。ピピン様もまだ小童であった頃で。そんな坊ちゃんも立派な将校様にまでなられて。ここ最近はお二人そろってせっかくのお屋敷にも帰らず出ずっぱりなものですからね。我が家の様に大きい顔をしてこの家をお守りさせていただいておりますのじゃ」
 

そう紹介されたこの男はラウバーンとは気心の知れた調子で人のよい笑顔でニコニコと話す。執事のようなものなのだろう。
ピピンとの馴れ初めの話は聞いていた。剣奴として売られた子供を養子に取ったという事。
自らもあらぬ容疑で囚われ剣奴生活であったというのに、見ず知らずの他人の為に自分の時間どころか命の危機さえ構わずに乗り越えてしまう。
なんとも潔ぎよいこの男らしい話だ。
 

「ピピンは明日にここに戻る。それから手続きを行おうと思う」
「・・・そうですか。本当に行かれてしまうのですな」

 

ナナモ陛下に尻を叩かれるように局長の座を追い出され故郷アラミゴへと帰還したラウバーン。
本格的にかの地に腰をすえる為に、身の回りの財産整理と砂蠍衆である権利をピピンに譲る為にここへ来たのだった。

 

「なに、名義を変えるだけの事だ。我輩の帰る場所の一つには変わりは無い」
「どのみち、今までにしてもお屋敷に長く留まるなどめったにありませんでしたものな」
「そういうことだ。不滅隊との連携もとらねばならぬ。何かと帰ってくることになろうさ」

 

背後で御者がキャリッジを停車場に誘導し、車体から放されたチョコボを小屋に戻している。
中々の広さの庭も樹木や色とりどりの花をつける植物などで飾られては居るが、それに似合う優雅なテーブルセットなどは無く木人や剣の訓練のための道具が置かれていて、そこにはきっと少年だったピピンにラウバーンが稽古をつけていたんだろう。そんな光景が目に浮かぶ。

 

「時間が経つというのは、こういう事なのでしょうなあ・・・」

 

しみじみと男はつぶやいた。

「ああ、さあさあお二人ともお入りください。今宵は滅多に来ぬお客人を妻と共に喜んでお待ちしていたんですぞ?」

 

追憶から戻った執事は再会と明日の別れを惜しむ会話で客人をお待たせして申し訳なかったと言う様に屋敷に入るようにドアを開け二人を促した

 

屋敷の中に入るとやはり質素な作りで置かれた家具もそこいらでよく見かけるようなものばかりだ。しかしどれも大事にされた気配のある、不在がちな二人がいつ戻っても心地よく迎えられるように待ちわびているような佇まいだった。

ロビー横の階段から二階へ上がり通されたのはラウバーンの私室だった。
眼にまず入ったのは壁一面を覆うような大きな本棚。さすが知将と呼ばれるだけはあるのだと感心する量で様々な専門的な書物が並んでいる。
そして意外にも優美な天蓋つきの寝台。
この男の知らぬ一面ばかりがつまった様な部屋だった。

 

「当面必要な物は持っていくが、さほど量は多くない」

 

アラミゴに身を移すための引越しを手伝うかと誘われついて来たのだったが、目的はこの屋敷との別れの為の時間を過ごす事で結局旅の連れ合い程度の気分なのだろう。

 

「砂蠍衆となったときに住居程度は持っておらぬと格好がつかないということで女王から贈られた家でな」

 

この男が横たわれば普通の大きさに見えるのだろうという寝台に腰を下ろすと、隣にラウバーンも並んで座り、離れる事になるこの部屋をしみじみと見渡した。

 

「ピピンという息子も出来た。家族の真似事でも用意してやれればと思ったのさ」

「・・・あんたには「そういう」いい仲の相手・・・女はいなかったのか?子供が先に出来ようとも引く手数多だったろうに」

「そうだな。アラミゴと帝国の動向に共和派とのまどろっこしい駆け引き・・・それ所ではなかったとはいえ、単に縁が無かったんだろう。何かと接待の折につけ女も用意されて別段不自由も無かったしな」

 

女王一筋でその手に関しては禁欲的な印象を勝手に持っていたが、そこもさすがに歴戦の勇者らしい
初めての行為の時にもこちらの見積もりを大いに裏切り、驚くほどの手練手管で翻弄された。

 

「・・・一人だけ何度も情を交わした女がいた。我が片腕のごとく信頼出来る部下だった」

 

声の調子が少し下がる。追憶の中に女の姿を探しているのだろう。
誰の話なのかは察しがついた。裏切り者のかつての仲間だった女。

 

「日ごろの澄ました態度から一変し寝屋に誘われる事が度々あった。事が終わればまたいつもの顔に戻る・・・淡白な女で、これは割り切った大人の情交なのだろうと」

 

つぶやくように語る気配からふわりと女の柔らかな肌の匂いがした。

 

「それもまた、写本師としての思惑だったのだろうがな・・・」

 

力なく鼻で笑う様な言い草だった

 

「・・・多分、違うな」

 

ほう?と、否定する私がこの先続ける言葉を察するような表情でこちらへ振り向いた。

 

「確かに目的はそうだったかも知れない。けど、本心からあんたに抱かれたかったんだろう。きっと」
「さあ、どうだかな」
「解るんだ」

 

相変わらずいつ見ても、傷の中に埋もれるような穏やかな動物の様な瞳のゴツゴツとした顔に手を伸ばして触れた。
その両腕で抱いただろう女の白くしなやかな体。鋼の肉体に巻きつくような吐息が脳裏に浮かぶ。

 

「そういうヤツじゃないか。あんたは」

 

 

 

奥まで捩じ込まれ、押し上げられる。
苦痛の中に快楽が滲み、体を逃すために身じろげば追いかけられる。
ふと動きを止められればもっと寄越せと喘ぐ様にくわえ込んだ部分がずくりと痙攣する。
硬いそれが引き抜かれて、また捩じ込まれる。
片方しかない腕が尻を捕まえるが、もっと深くと飲み込む為に自分から腰を上げくねらせる。

 

「・・・どうした」

 

そんな様子に獣じみた笑いを浮かべている表情が憎くて堪らなかった。
片足を担ぎ上げ抱え込まれ、横向きの体勢でさらに奥へと貫かれる。

 

「これでどうだ・・・?」

 

ゾクゾクと這い上がる快楽と埋め尽くされる圧迫感に体はただ吐息を漏らすことしか出来なかった

 

「・・・安普請なあの部屋じゃない。構わんのだぞ。外には聞こえはせん」

 

 

 

金で装飾された湯口からウルダハ様式の浴槽になみなみと湯が注がれ続ける。
乾燥地帯のこの国では豊かな水も富の象徴だ。
ここにもよく手入れされた観葉植物が飾り付けられさながらオアシスの風情だった。
壁一面の大きなきな窓からは高山の上からの澄んだ大気に渦巻くような星々が冴え冴えと瞬いている。
大柄の男二人ではいささか狭く感じる程度だが、それにしたって庶民の自分からすれば滅多に入ることのない豪華な風呂だった。
まるで王族のようじゃないか、と茶化してみた。

 

「田舎者が次には牢屋の住人となり・・・いきなり豪華な家など与えられてもどうしていいかさっぱりでな。あの男に適当に任せたのだが」
「居心地のいい家じゃないか。あんたとピピンとあの人と・・・小さな家族の様で」
「そうだな・・・放浪の先にたどり着いて、陛下に剣を捧げる事を誓い・・・それでも故郷の苦悩はいつも我輩と共にあった。それを想えば極力財も私欲も持たぬように、と自分を戒めては来た」

 

目の前にあるやはり傷だらけの背中から自分の胸にもたれかかる様に肩を引き寄せる。
日ごろは後ろで一つに括られた髪の毛を湯の中に解き放つと、髪に梳かしつけた香油の香りが立ち登った。

 

「しかし、手に入れた地位に慣れきってしまっていたのかもしれんな」

 

髪の根元に指を差し込んで洗ってやると、心地よさげに目を閉じてなすがままにされている。

 

「・・・誰もアンタを責められないさ」

 

国を取り上げられ、時間も命も囚われて、それさえも分け与え、腕も無くした。

 

奪われてばかりの人生だったのではないか。いや違うだろう。
この男に求めた者は皆何かの代償を支払っている。そう思える。

 

「そうでなければ動かない何かもあったんだ」

 


自分は何をこの男から奪うのだろう。そして何を無くすのだろう。

 

 

 

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