「はいサザエのつぼ焼きおまちどうさん。触るとまだ熱いから気をつけておくれよ」

女給仕が陽気に気さくな調子でそう説明すると冒険者の前に長方形の陶器の皿をゴトリと置いた。
小柄な女の拳ぐらいのゴツゴツとした巻貝は上手い具合にいくつかのトゲで三角形の殻を支え口を上に向けて立っている。
その壺に見立てられた穴の中には黒い汁がまだグツグツと揺れてまさしく焼きたての様だ。
醤油が焦げた香ばしい匂いが食欲をそそる。
 

「ずいぶんそれが気に入ったようだね」 
「ああ。コリコリとして旨みも濃い。この汁まで味わえて実にたまらないね。磯の香りも醤油の風味もいい」

 

中の身はすでに切り分けられていて小さな木の串が突き刺してある。ひょいと摘まんで一口の大きさの実を口に運んだ。

 

「丁寧に切ってくれているよ。上品な大きさだから苦労してかぶりつかなくていい。これなら君も食べられるんじゃないかい?」

 

そういって皿の上のもうひとつのサザエのつぼ焼きを進めるがアルフィノは曖昧に苦笑し受け流す。

 

「君のように酒のつまみになら合うのだろうがね」 
「白い部分は旨いんだよ?私もさすがに「アレ」の部分は食べる気にはならないね」

 

以前ウルダハ領事館でハンコックがもてなしとしてひんがしの有名な料理を振舞ってくれた事があった。
赤やピンクや白に黄色のカラフルな寿司は黒の漆で美しく塗られた大きな丸い盆の上に並べられ、女性たちはその華やかさに瞳を輝かせアリゼーもまるで小さなケーキの様で可愛いらしいと少女らしく嬌声を上げていた。そしてこれは素手で食べるのが普通だと進められ、それもはじめての経験として皆面白がっておぼつかない手つきで小皿の醤油を少し浸し口にしたとたん彼女は生魚の歯ざわりがさぞかし気に入らなかったらしく微妙な顔つきでモゴモゴとそれを咀嚼していた。その表情がおかしくつい笑ってしまったのを冒険者は思い出す。
そしてこの「サザエ」を小さな卓上のコンロで目の前で焼いてくれたのだ。貝の中身がふつふつと沸騰し焼きあがるにつれ醤油と磯のいかにも旨そうな香りが周囲に広がり、見つめる皆の期待も大いに膨らんだのだ。しかしハンコックが食べ方の説明として丸い貝の蓋の隙間から竹の串をこじ開ける様に差し込み器用にズルリとその身を引き出した時。露になった貝の姿に女性達の絶叫は凄いものだった。
アルフィノもあのグロテスクな黒い尾の部分は受け入れられなかったようだ。

 

「寿司は好きだよ。私は生魚は大丈夫な様だ。ワサビも慣れればいい風味のスパイスだ」

 

手元にある漆塗りの長方形の皿の上の寿司を器用に箸を使いひょいと一貫つまみ小さな口にほおばる。
素手で食べるのが流儀とはいえ外国から来た人々にとって手づかみで食べ物をつかむというのは野蛮な事で抵抗が大きく嫌がるのが常で、なので最近このような外国の客が多い店では最初から箸を用意するらしい。

 

「あの天ぷらというフライも美味しかったね。濃厚なソースや果汁の酸味でなく出汁の淡い味で食べるのも悪くない。シンプルな野菜の甘みが引き立つよ」 
「そうそう。パリッとしたあの衣が出汁の旨みを吸うのもいいんだよね」

 

冒険者が彼の指先に収まるほどの小さな杯に上部がくびれて注ぎ口になっているビン・・・徳利から透明な米酒を器の淵ギリギリまで注ぎ込み、慎重に持ち上げてクイっとそれを口に含むと穀物の甘さと微かなとろみが舌先を潤す。粉っぽさはあるが今までは考えもしなかった「穀物」の新鮮さを感じそれが面白かった。

 

「今日は私に勧めないのかい?その酒を」 
「ああ、これはさすがに君は無理だろうな。私でさえやっとこのクセのある味に慣れた所だし。透明だけど中々味が濃いんだよ・・・赤ワインの比じゃない。飲んでみたいかい?」 
「いやいいよ。そこまでいうなら私では倒れてしまいそうだ」
 

そう言って手元の白い陶器のカップに入れられた茶を一口飲む。

アルフィノは元々紅茶などの香りがよい物が好きだったのでこの緑茶のさわやかな渋みとやや青い葉の香りを気に入っていた。

 

「その器もまるで前衛的な芸術品の様で素晴らしいね。不思議な緑色をしている」

 

冒険者はいくらなんでもたかが庶民向けの食器を褒めすぎじゃないかと思ったが、自分の手元にある厚みがあって丸みを帯びたほどほどに深さのある小さめのボウルは陶器の土色に薄い緑のグラデーションが掃くように広がり微妙な色合いを醸し出している。確かにそれは微かなで慎ましやかな美しさだと感じたのだった。
器の中には筍や蓮根などの根野菜がごろごろと積み上げるように盛られて冒険者も慣れた手つきで箸先で一つの具を摘まむ。

 

「がめ煮は汁のないシチュー・・・とでもいうのだろうね。これも醤油で煮てあるらしいが少し甘くて美味しいよ」

 

筍を噛み締めるとザクザクとした歯ざわりが心地よく煮含められた出汁の素朴な風味と椎茸のキノコ独特の濃い旨みが口の中に広がる。

潮風亭の港側にあるこの席からはもう夜の海は見えないが微かに波の音が聞こえ、淡い堤燈の明かりが原色の建物を照らし出し夜の繁華街の活気をそっと包み込んでいる。まるでエオルゼアの祭り時のような華やかさだが不思議と心が落ち着いた。知らない土地の知らない風景だというのに妙に懐かしさを感じたのだった。
海に向かう大きな門からそっと吹き込む湿気を帯びた生ぬるい風が磯の香りを運び穏やかな夜の空気に流れ込んでくる。

 

「ずぞぞぞぞぞぞ!!」

 

何かをねっとりと吸い上げる壮絶な音が店内に響き渡り冒険者は驚いた。
同じく目を丸くして驚いた表情のアルフィノと二人してその音の出所を振り返ると後ろのテーブルで白いヌメヌメとした液体が絡みついた「とろろ蕎麦」を着物姿のミッドランダーらしき青年がそこまで食べ物から音がするのかという勢いで啜っている。
ハンコックがあの食事で教えてくれたのだが、この地方ではスープをああして音を立てて食べるのがマナー違反ではない。それどころか「旨そうな音」だと認識されているので気にしないでくださいと注意されていた。
そして自分も四角い木のザルに盛られた蕎麦をカップに入った醤油出汁に付けて一気に啜り上げて食べ方の見本を見せた時、やはり皆はこうして呆然としたのだった。
二人は顔を見合わせて大いに苦笑した。

 

「文化の違いがここまで大きいと・・・さすがの私でも戸惑う事は多いよ」 
「冒険者の君でもかい?」 
「ああ・・・まだアジムステップあたりの食べ物の方がすぐ馴染んだな。すこし香辛料が違うけどね。パン生地で羊のひき肉を包んだボーズなんか旨かったよ?・・・ただやはり生活文化の差はかなりのものだ」

 

確かにアルフィノはヒエンがアジムステップから兵力を連れてきた経由を聞いて驚いた。発想もすごいがその遊牧民達の独自の信仰心も文化も簡単には信じられないほどだった。

 

「君もあの時来れば良かったのに」

 

冒険者が小さな竜の願いでいつも通りに巻き込まれるようにたどり着いた草原で再会したエスティニアン。
その後二人と1匹は成り行きのまま気ままに旅をした。
放浪し続ける彼らと羊と共に丘を越え川を越え、これまた不思議な馬を愛する部族と出会い・・・
そして互いが自分の旅を終えたと感じた時、互いに言葉少なく別れを告げた。「またな」とだけ言い合って。

 

「あの、スペキュラでの出来事があったじゃないか」 
「ああ、アイツらしいと思ったよ」

 

事後処理でスペキュラに行われたカストルム・アバニアの砲撃についても調査が行われた。それは故障ではなく明らかに物理的に破壊されていた形跡があった。しかもそれは強力な軍事武器ではなく原始的に強力な何かで切り裂かれたようなものだったと。
そして帝国兵の捕虜の証言からはそれはたった一人の竜騎士が行ったのだと。冒険者はあえてそれを聞きはしなかった。どうせあの性格なら聞いたところではぐらかして終っただろう。おそらく目的を追う内にあのタイミングが重なったのだろうが素直にこちらに合流する性格でもない。

 

「情報をどこから聞いたのか、それとも察知したのか・・・ともかくあいつは今度こそ全てが終ったんだ」

 

うん、とアルフィノは肯いた。
邪竜の千年の怨念も、イルベルトの純粋過ぎたとさえ言えるあの狂気も。
しかしそれはずっと胸の内に空白として留まるだろう。彼も、自分にしても。アルフィノはそう思った。

 

「きっとね、追いかけなくとも私は彼にそのうち会える気がしているんだ。その時が来ればね」 
「それはなんていう神様の予言なんだい」

 

やや呆れ気味に冒険者は米酒をちびりと飲みながらそう言った。

 

「君の様にその時がくればきっと風はやってくる。予言じゃないな、きっとこれは予感だ。私の勝手なね」 
「風ねえ・・・実に気障で気ままで我侭なアイツに似合う言い方じゃないか」 
「だろう?」

 

冒険者はその風のたとえが彼の心の中にも存在するのは知っていたし、アルフィノ自身もきっとそれをどこかで解っているのだろうとそれ以上は何も言わなかった。

 

「・・・じゃあ、帰ろうか」

 

寿司を平らげたアルフィノに促され、名残惜しげに徳利に残った雫ほどの米酒を飲み干した冒険者は席を立ち潮風亭を後にした。

 

 

エーテライト辺りから大きな太鼓橋を渡り小金通りの異文化豊かな品々を冷やかしながら二人で見て歩き、のんびりと大使館区域へと歩いていた。周囲は芝居小屋から出てきた人々の観劇後の熱気も漂い夜まだなお活気に溢れている。
 
「・・・あいつは蕎麦をすするだけじゃなく尾行も下手みたいだな」
 
冒険者が手にした美しい模様の布地を値踏みする振りで身をかがめアルフィノに囁いた。
 
「密偵としての教育がまだ甘い様だね」
 

アルフィノは調子を合わせてそ知らぬふりで、この街のごとく鮮やかな原色の花や幾何学模様の柄の紙で出来た風車を手に取り軽く振ってみせる。
離れた人ごみの中にさっきの店で盛大にそばを啜っていた青年がぎこちなく背中を見せていた。
おそらくひんがしの民ではなくどこか別の土地から送られてきた属州兵なのだろう。

 

「さすがにドマもアラミゴも落ちた後だ。お互いがお互いの手の内を伺うのは当然だろうがね」 
「どのみち牽制程度だろうさ」 
「この街で暴挙には出ないと信じたいがやはり一人で出歩くのは避けた方がいい様だ。来て貰って良かったよ」

 

アルフィノが今日こちらを訪れるのがどこかで漏れたのだろう。帝国の動向を警戒して護衛に冒険者とクガネで待ち合わせたのだ。
ラールガーリーチの存在も知っていたしクルルが超える力を濃く持っている情報も向こうには渡っていた。
アラミゴもまだ地盤が固まらずその隙間にも何かが滑り込んだとしても可笑しくない。考えればきりのないない情報戦にうんざりしながらぎくしゃくと後を着いて来る青年を意識し、逆にそれを気取らぬように注意ながら二人は通りを抜けてやや人気の少なくなった異人街のウルダハ領事館前までやってきた。
アルフィノやれやれとその扉に向かい階段に足をかけた所に冒険者はそのまま建物の前を通り過ぎてまっすぐと進みだす。

 

「・・・どうしたんだい?」


アルフィノが驚いてまた隣に駆け寄るが冒険者は帽子の下でフフと薄く笑い後ろを少し見やる。あの青年が屋敷への帰還までを見届けたつもりであったのに突如の行動に焦ったのだろう。
動揺そのままに小走りに姿を探して後ろを着いて来る。
この道の先にはもちろん帝国の領事館がある。

 

「からかうつもりなのかい・・・?危険な事にならなければいいが」 
「新人の育成も兼ねてるんじゃないのかな。あの調子じゃ。いい勉強さ」

 

そうして帝国領事館が見える所にまでやってきて冒険者は道の脇にあった岩に腰掛け来た道を振り返って彼を視界に入れた。
青年の動揺は極限に達したらしく足早のまま帝国領事館まで進み自然な通りすがりを装って内部に入ろうとしたのだろうが、
しかし門番の敬礼を受け我に返ったのかそのまま館の前を走り抜けた。
そんな様子を同じく横に座ったアルフィノと声を押し殺して岩の上で笑い転げた。

 

「彼はどう報告するのだろうね?」 
「さあ?ぐるりと回りこんで戻ってくるんじゃないのかな。今頃大急ぎで街を走ってるさ」

 

きっと話して見れば朴訥な青年なのだろう。戦場でいつかまみえる事もあるかもしれない。
冒険者はそう思ったが口には出さなかった。

 

「・・・やはりいつ見ても無骨な建物だ」 
「洗練という認識なのかもしれないよ・・・?まあ私も好感は持たないがね」

 

最近しおらしくて忘れがちなのだが彼は結構気が荒いのを思い出した。感情をむき出しにするのも珍しい事でも無かった。

 

「・・・赤誠隊の騒動の話、あったじゃないか」 
「ああ、隊員の代人数が攘夷派で大老の暗殺計画があったとか・・・内部分裂でかなりの損害が出たそうだね。どの国も内部になにかしら抱えるのはやむなしということなのか」

 

圧政に耐えかねた反体制派の存在は今回の報告の色々ある情報の一つとして、ひんがしの国の現状が見えた事件だった。

 

「もしね」

 

道端で遊ぶ子供のように共に腰を下ろした自分の大きさの半分もないアルフィノに冒険者は帝国領事館の方を眺めながら言った

 

「たとえば・・・もし、ひんがしの国に渡る事が出来たとして。通りかかった先に圧制に苦しむ人に助けを求められたとして。その時に私はどうするのだろうとふと思ってね」 
「・・・」 
「支配される国民のあがきはアラミゴだってドマだって変わらない。勿論闇雲に武力に訴えたところで無駄に燃え上がる炎が全てを焼き尽くすのに任せるのでは安易過ぎるというのは解っている。今回はなんとか勝利を得たが・・・」
 

アルフィノは少しうつむき唇を噛んだ。イルベルトの事も含んでいるのを理解しているのだろう。

 

「そしてその時もし君が体制側に付いてたとして」

 

冒険者の真意を問うようにはっと顔を見上げて帽子の下の表情を窺った
もちろん自由意志で集うのが暁の血盟だ。そうして道を分かつ事は当然ある。

 

「君ならイゼルと話し合おうって言い出した時のように私の所へやってくるのだろうなと想像したんだ」

 

くるりと瞳を動かして茶目っ気たっぷりに冒険者はアルフィノを見た。

 

「・・・そうだね。多分そうするだろうね。そして君は話し合ってくれるものと信じている。私も」

 

様々な地平線で炎は常に燃え盛っている。どんな時でもそしてこれからも。
こうして「もしも」を話し合ったとしても、戦乱の狂気に焼かれずに生き延びる事が出来るのかどうか。
それがどれほど難しいかもお互い解っている。


ふと冒険者がウルダハ領事館の方を窺うと先ほどの青年がこそこそと遠くでこちらを窺っているのが見えた。
またアルフィノと岩の上で笑い転げるが今度は盛大に噴出してしまい、さすがに見張りの帝国兵たちもこちらに気が付いたようだ。

 

「やべっ。じゃあそろそろ彼の仕事を終らせてあげようか」 
「そうしよう」

 

二人は岩から立ち上がりウルダハ領事館へと歩き出すと、その姿を確認してまたもや慌てふためいて商店街の方に走り去る彼の姿にまた笑いが込み上げた

 
 

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