「だからどうして双子だからってアルフィノと同じベッドで寝て当たり前だって思うの?」

不機嫌さを隠さずにアリゼーが光の戦士に言った。 
石の家に来たその日。部屋も用意されてないし、アリゼーはアルフィノの部屋にでも泊まるのかなと彼は大して疑問にも思わずに聞いてみただけなのだ。
 
「物心付いたときにはもうベッドも部屋も別々だったわ。ましてや今は一六よ? シャーレアンなら大人なの」
 
 そこまで怒ると思わなかったが、考えてみれば二人で一つの珍しい人形のような扱いだったのかもと彼は反省する。
チョコボキャリッジで初めて二人に乗り合わせたあの時、着ているものは違うとはいえそっくりの顔で性別さえも男女という括りではないもののように不思議な子供たちだなあと感じたのを覚ている。まるで彫像やレリーフを飾る対になった童子の様で、周囲だってそんな風に二人を見ていただろう。 
 
「しばらくは宿屋でもかまわないしこの街にもアパルトメントがあるんでしょ?部屋が無いならそれを借りてもいいわ。」
 
「好きにすればいいさ。上の階の宿舎はまだ空きがあったはずだし明日にでも部屋を用意は出来る」
 
アルフィノはそんなアリゼーの様子も慣れた調子でなだめる様に言う
 
「でもまあ不思議だよね。双子って」
 
アリゼーがまだ何かいうの?と不機嫌そうな表情で彼を見る。
 
「だって裸で抱き合って生まれて来るのって不思議じゃない?」
 
二人からまるで性に目覚めたばかりの子供を哀れむようなまなざしが彼に注がれる。
 
「いや、そういう意味じゃなくてね・・・」
 
「言いたいことは解るよ。生まれた時からこれほど自分に近い他人いるって事は不思議なのかもしれないね」
 
いつもの微笑みでアルフィノは慰めるように言った。

 
 自分がほんの少し先に生まれて、ほんのすこし要領が良かった。

そして気ままで感情豊かに振舞う彼女へ庇護的な立場として振舞う事は自然と兄として男として、自分の人格を自分で作っていったのではないのかと思う。
大学の女子生徒から羨望のまなざしで見られていたのは解っていたが、彼女たちに興味をそそられる事はなかった。
研究に夢中で学問はそれよりもずっと面白かったから。
 
何よりもいつも隣には彼女がいて、共にいることですでに完成された性であるように感じていた。
ある意味鏡を見るように。

アルフィノはそう思った。

 
 自分と同じ姿の兄は自分より勉強も出来て面倒な人付き合いもそつなくこなす。
当然回りの注目はアルフィノの方に向く。
見目麗しい有力者の息子でしかも才知あふれる少年に女子生徒からの人気も高かった。
負けたくない、とはいつも思っていたけれどそれは嫉妬やような劣等感ではなかった。
もちろん自分だってそれなりに同じ年に入学を許されて成績だって上位にいたし、男子から一目置かれ、好意を匂わされたりはしたけれど、別に興味はなかった。
いつも隣には彼がいて、無意識にどこかで自分はいつかは「彼」になるのだと自分と変わらぬ大きの背中を見ていた気がする。

アリゼーはそう思った。


 アルフィノがアリゼーの顔を見ながら言った。
 
「同じ服を着せられて同じ髪型にして、それでも別に疑問に思ったことは無かったね。小さな喧嘩もよくしたけれど、いつも最後は同じ答えを持ち寄るんだ私たちは」
 
「…あなたは頑固で意地っ張りなの。そこは大きな差よ?」
 
「そうだね。君は素直でまっしぐらだからね」
 
彼はすこし考えて結果どう違うんだろうと悩んだ 。

 

 

 

 ゴツゴツとした岩ばかりの大地。本当に見渡す限りが岩。吹き上がるように地面からそびえるクリスタルが静かに攻撃的に発光するのは美しい。
だが、かつての決戦の跡地として墜落した帝国軍の飛空艇の残骸が転がって古戦場というにはまだ浅く情緒も何もない眺め。
これからも開拓地として発展していくのだろうが緑は少なく別に珍しい鉱物があるわけでもない。帝国軍基地も近くにあるしいつまた戦場になるかも解らない。
ドマ移民や冒険者で人口が増え街も街らしい建物も増えた。しかしクリスタルは特産なのだろうが硬い土を耕した所で農業も出来るのかどうか。

 石の家があるセブンスヘブンを出てレブナンツトールのコナイク方面へ向かう門の上には見張りの為の通路があってそこからは遠景に霞むクリスタルタワーがよく見える。
観光なのかこれを目当てにそこそこ人が登ってきてはあれがクリスタルタワーかとひとしきり眺めては降りていく。
そんな場所で人目も気にせず幅のある手すりの上に座りワインボトルを一人あおっていた。
冒険者の多い街だから少々酒瓶を抱えたごろつきが転がっていてもさほど気にかける人はいないのだ。

「…なにやってるの?こんな所で」
 
 すっかり夜も深まる時間でここにくる人も途絶えた頃にアリゼーがやってきた。
 
「景色でも見ながら飲もうかと」
 
 へんなの、といいつつ私の横の手すりに寄りかかった。
普通の天候の夜には普通に星がこぼれそうなほど空に広がりクリスタルもクリスタルタワーと共に白く静かに輝く。
 
「あれはクリスタルタワーね。色々あったのは皆に聞いたわ」
 
 そう。妖魔との契約を阻止するために闇の世界にまで乗り込んで、あの塔にはまだ人類には早すぎるだろう英知と共に眠りについた男があそこにいる。
あの後入り口の前に行ってこんな風に酒を飲んでいた事もあった。悪戯好きなあの性格だからひょっこり顔ぐらい出さないかなと期待して。もちろんそんな事は起こらなかったのだが。
 ふとアリゼーがこちらを見ていたのに気がついた。どこか伺うように。
 
「…別にまあ、ラウンジで連中と飲んでもいいんだけどさ。毎度の事だし、大勢で飲むと自分のペースじゃなくなるからたまにはね。こうして場所でも変えるんだよ」
 
「一人のほうが際限なく飲みそうじゃない?あなたって」
 
皮肉でもなくさらっと思ったまでを言ったのだろう。まあ、どっちにしても飲みたいだけ飲みたい場所で飲むわけだ。
 
「そういう君は散歩かい?」
 
「まあね…ラウンジでね、彼女たちと話をしてたんだけど」
 
酒飲み連中が今日もあそこでボトルを空ける横で暁の女性陣も集まって世間話でもしてたんだろう。よくある日常だ。
 
「あの弓使いの人がずーっとよく解らない恋愛の話をしてたの」
 
「ああ。よくわからないねえあの人」
 
わからないというか少々マニアックな感性すぎて理解出来てもついていけないだろう。側で聞いてる分には面白いのだが。
 
「解らなすぎて抜けてきちゃったわ」
 
ヤシュトラやイダはどうなんだろう?と思うが、いささか性格にクセがありすぎて想像も付かない。
それでも女性だ。恋の経験の一つや二つはあるんだろうか。
暁のその他の猛者の彼女たちやらも知らないだけで裏側でそんな関係が出来上がっていてもおかしくはないだろう。
女性たちが集まってそんな打ち明け話でもしているのなら面白そうだ。男には聞かせてもらえないんだろうが。
 
「君はそういう話はないのかい?」
 
「私?ないわね」
 
照れることもなく恥らうこともなくあっさりと言ってのけ実に彼女らしいと納得出来る答えだった。
 
「興味がないわ。今のところ」
 
「そうかあ」
 
あったとしても世間話のネタにそんなことを喋る性格でもないだろう
 
「じゃあ、どんな人がいいんだい?」
 
「…さあ?わからないわ」
 
わざと子供をからかう様な言い方をしてみたが、そんな小賢しいひっかけにも揺るがずにアリゼーは答える。
 
「優しい人、かっこいい人、たくましい人、そりゃ素敵な要素はたくさんあるわ?でもだから好きになるかなんてきっと解らない」
 
「まあ、そうだねえ」
 
「…きっと、雰囲気次第じゃない? そういうのって」
 
ずいぶんとまた知った様な事をいうんだなと少し驚いて彼女を見た。
つるんとした幼い顔はアルフィノと瓜二つだれどやはりこうして見比べると明らかに女性だなあと思う。すこし気の強そうな目元や、笑顔はアルフィノの方が柔らかいほどなのにどこか匂い立つような、たとえば・・・柔らかな鳥の羽毛のような手触りの予感がする肌。そして夜の淡い光に照らされた艶やかな赤みの唇。
しみじみと見つめる私を彼女もまたじっと見つめていた。
長い前髪から覗く上目使い気味の視線が可愛らしい。
 
「…アバラシア雲海の島にはバヌバヌ族という鳥のような蛮族がいてね」
 
ふと思いついたことを口に出す。
 
「もちろん男性と女性がいるんだが、やはり女性は明らかに羽が柔らかそうでね。よく見ると体の線もたおやかで実に女性らしいんだ」
 
「…ええ」
 
「色々あって知り合ったゴブリン族の女の子がいてね。その子は見た目はわからないんだけどしぐさや喋り方が実に可愛らしくてね」
 
「…なんでそんな話になるの?今」
 
「いや、やはり女の子というのは可愛らしいなあと思って」
 
手に持っていたボトルを私から引ったくり、ぐびりと煽って胸元につき返され、そのまま階段を下りて何処かへ行ってしまった。
いかに彼女が可愛い女の子だと言うことを語りたかっただけなのに怒らせてしまったようだ。
相変わらず空には星が降りそうなほどに広がってクリスタルタワーは静かに輝いている。
そしてやはりごつごつとした岩ばかりのこの眺めの中で一人。
 
つき返されたボトルでまた酒を飲み始めるが何故か彼女の柔らかそうな唇が頭から離れなくてそんな景色が急に味気なく感じはじめ、そろそろ冷えてきたという言い訳を勝手に自分にしつつ石の家に戻った。

 

 

 

 セブンスヘブンの一番奥のカウンター吟遊詩人が座っている。ポロポロと爪弾く竪琴の音が膝元にこぼれてくるのもいつものことだ。私は数個隣の席に座ってやはりいつもどおり酒を飲んでいた。
こんなすぐ側にこんな店があるのだからつい引っかかってしまうのは当然で仕方ない。
 
「おや、今日はここかい」
 
 アルフィノが外出から戻ってきたのだろう。石の家に入る手前にいた私を見つけて声をかけてきた。
 
「お帰り」
 
 なんだかんだと雑用でもこまめに走り回ってこなすのは情熱的なのか行動的なのか若いからなのかともかく感心する。
 
「用事は終わったのかい?」
 
「ああ、アリゼーと一緒にアパルトメントの部屋を借りるかどうか下見に行ってきたんだ。ロヴェナさんの所に。少々高いからって値切り交渉を吹っかけたもんだからすこし長くなった」
 
「うわあ、ぞっとする」
 
 あの守銭奴にあの気の強さで立ち向かったらどうなるんだろうと想像した。
 
「そうでもないよ。若いのにしっかりしてるって褒めていたしね」
 
「ほほお」
 
「まあ相場は結局変わらなかったんだが」
 
 そりゃそうだろう。あの女がそんなに甘い商売をするはずがない。だが目的は値切ることじゃなく金持ちぽい若造がほいほい言うとおりに金を出すと思うなって牽制でもかけたのかも知れない。
 
「じゃあここの宿舎には住まないのかあ」
 
「気に入る部屋があればって言ってたね」
 
 立ち話を諦めたのかアルフィノはそのまま私の横の席に座った。
 
「君も何か飲めば?」
 
 何かというと酒を勧めるのもいつものことだ。そうだねと曖昧に聞き流す彼にカウンターからアリスさんがグラスに注がれた紫色の飲み物をアルフィノに差し出した。
 
「『ワイン』ですよ。さあどうぞ」
 
 注文もしていないのに出てきた飲み物を仕方なく手にし、少し口にした所で二人がなにやら含んだ視線でやり取りしていた。
 
「で、そのキャベツはなんなんだい?」
 
 目の前にはエールのジョッキとキャベツが一つ鎮座している。
 
「市場で買ったの。ほら今回はずいぶん出来がいいんだよ。色もよくて葉も綺麗に巻いている」
 
「…好物なのかな」
 
「いや、あまりにもいい出来だったから。そんなに好きでもないかな。」
 
 記念会館の前にあるバザー街で野菜を売る若い夫婦がいるのだが、売り文句といえば朝採り物というぐらいしかない品揃えばかりだった。しかし懸命に土を改良してうまくいったんだろう。岩ばかりのこの土地でもそこそこの作物が育つならこの先移民を迎えるのも楽になるのかもしれない。
 からん、と音がして入り口のドアが開くとアルフィノの表情がすっ、と何かの仮面を被った様に変わる。
入ってきたのは暁のメンバーで調査から帰ってきたようだった。
 
「ご苦労様だったね」
 
 彼らを立ち上がってねぎらって、そろってラウンジの扉の向こうへ行ってしまった。これから報告でも受けるためだろう。あっちにこっちに忙しくご苦労なことだと思う。
アルフィノは皆の仲間として同じ立場で、などとは言っていたがやはり向き不向きはあるのだ。立場の名前など関係なくこれからも前のように彼の采配で暁は動いていくだろう。皆やれることややりたいことをやるまで。
 前に、彼にしてもアイメリクにしても、何を思っているのかなどと聞いてきた事があったが別にそんなものはありはしないのだ。
精々呪術ギルドに入って割りのいい金持ちの家に仕事がもらえれば程度で田舎で退屈な故郷のキャベツ農家からウルダハへ向かったあのキャリッジ。
多分マザークリスタルがこんなクリスタルを寄越したのはあの時あそこに座った人間だったから程度な気もする。
そんな成り行きに流されていると心配でもされているのだろうがべつにそんな事は関係ない。
選択は去るか残るか。ただそれだけ。
 アルフィノにしてもこのエオルゼアを見極めるなどと随分大層な事を言っていたが、結局こうして今ここにいるのはあらゆる成り行きが積み重なった結果だ。
そして自分がここに残る選択をしたのは、あのクソ生意気で自信過剰なガキだったとはいえすべてに真正面からぶつかっていく真摯さを信じたからだ。
 
さほど時間を置かずにアルフィノがラウンジからの扉を開けて一人戻ってきて別段深刻でもなく、考え込む様子もなくやれやれといった感じでまた隣の席に座る。
 
「報告はどうだったんだい」
 
「ああ、今日はもう遅いし彼らも疲れているだろうからね。詳しい話は明日また皆で話し合うよ」
 
それならさほどなにか重要な事があったわけでもないんだろう。
 
「…お疲れさん。ぶどうジュースのお代わりでも頼もうか?」
 
眼をぱちくりとして私のほうを見る
 
「よく解ったね」
 
「匂いでバレバレだよ」
 
「じゃあ、あまり強くない酒でも頼んでくれるかな?」
 
「おや観念しましたか」
 
「今日の業務はこれで終わりさ。精々1杯ぐらいならお付き合いさせてもらおうか」
 
じゃあ、とアリスさんに薄い果実酒でもと注文して思いやりあふれる上司と共に乾杯をした。

 

  

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