「そろそろ体が冷えて来ませんか?良ければカーラインカフェでゆっくり飲むと飲むのはどうでしょう」
「いいですね。夜も更けてきたことですし」
これは今夜は飲み込んで俺の斬鉄剣もありなのかと多少盛り上がりながら会場を後にし
口笛粉屋の方向へ歩き出す。
紅茶川にも深い霧が立ち込めホタルが幻想的に光りながら飛んでいる
見慣れた景色だがいつも思わず立ち止まるほど美しい

無意識に歩調がゆっくりになってしまったのを察してか、彼は橋の上で立ち止まり
欄干によりかかる。同じくその横に立ち光の乱舞を眺めた

「最近だと、妖魔の事件もありましたね。ハウケタ御用邸の女当主が見入られ魔物の巣窟になってしまったのです」
「ダルタンクール家ですね。あれほどの名家であったのに潰れてしまったのに驚きましたがそんなことが・・」
「霊災の混乱で、美しい女当主であったのに顔に酷い傷を受けてしまいそれを直す為に妖術に手を出したようで
 これも一度は冒険者の手で解決されたのですが、既に遅かったようで・・・完全に妖魔を駆逐するべく派遣された
 先鋭部隊が壊滅してしまったのです」
「既にヴォイドクラックが完成してしまっていたのですね」
「はい。その第二次討伐隊として参加しました。女当主と契約した妖魔をなんとか封印することが出来たと思うのですが・・・・」
「・・霊性の高い黒衣森、どんな淀みがまた生まれるか油断なりませんね」

精霊に守られているとはいえ人の生活はあくまでも人だけの理
自然の摂理はそれと関係なく流れる
そうした力と調和するのが幻術士の役割だろうか

「常に大いなる力と向き合いその境界線で生きなければならない。大変な役目ですね」
「・・・そうですね。しかし与えられた使命ではなく選んだ使命です。やりがいがあるというものですよ」

彼は苦笑しながら、崖に囲まれた通路に祭りの日に特別に行われる説話を聞きに来た人々の流れと共に
再びゆっくりと幻術ギルドの方角に歩き出した
ギルドの手前から暖かい色合いの祭りのオブジェが輝く洞窟を抜け新市街地へ入る
双蛇党の本部も相変わらず隊員が今夜の警備の為に忙しそうに出入りしているが
どこか祭り気分の陽気さが漂う
向かいのどんぐり遊園ではもう深夜近いというのに子供達が遊んでいる
こんな時間まで外で遊べるなど滅多にないチャンスに夜を冒険しているんだろう
さりげなく前の歩道から隊員がほほえましげにそれを見守っていた

「無邪気なものです」
「ええ、懐かしい。私も祭りの夜にはああやってはしゃいだものですよ」

混雑するエーテライト付近を通り抜け、翡翠湖を望める坂を下りカーラインカフェに到着した
大きな円形のテーブルの空いている席に並んで腰掛け
注文を取りに来たウエイトレスに二人ともホットワインを注文する
明るい照明の下で改めてはっきりと見る彼は白い髪が濡れそぼり額や襟あしに張り付いていて
それをうるさそうに眉をしかめながら拭うのを色っぽいなと横目で窺っていると
陶器の細長いカップにシナモンスティックとレモンが浮かべられたホットワインがやってきて
スパイシーな香りを嗅ぎつつ口を付けた

「実は最近、あの遊園地に幽霊が出ると子供達の間で噂になっていましてね
 白いローブを来た若い女が寂しそうに立っていたというのです」
「ほう・・・・」
「事の始まりはララフェル族の男が激しく取り乱してチョコボギャリッジへやってきたのです
 ”あいつ”がおいかけてくる。幽霊になって追いかけてくると大騒ぎして
 特別に馬車を出し早くこの国から出してくれと」
「ほう・・・」
「正気を失っていると判断したカンパニーの人間が取り押さえて幻術ギルドで保護したのですが
 その異様な様子が随分街の話題として広まりましてね。それを子供達が面白がって幽霊話にしたのでしょうか」
「確かに子供にはよくある流言でしょうが、大丈夫でしょうか?」

何度も対峙した蛮神のことが頭をよぎる。小さな思念でも集まればなにを起すか解らない

「ギルドでもその現れるという場所を調査してみましたが、特に淀みも乱れも見つけられることはなかったようです
 術士の中でも一番才能があるとギルドマスターのお墨付きの導師が確認しましたしね」
「・・・あのララフェルの男はその後どうなりましたか?」
「落ち着いた所で事情を聞き、正気を確認できた後にウルダハへ戻りましたよ」
「そうですか・・・」

あの事件は実は私が関わった。かけ出しの冒険者であったころにカッパーベル鉱山が巨人族に占領され
それを解決した後にモモディから紹介されたあの少女
恋人の首を抱えつつも、冷静に今後を語る姿を祈りながら見送るしかなかった
そして起きた惨劇
最期に安堵の表情で落ちていくのもまた見送って祈るしかなかった

「あなたが関わった事件。気になりますか黒き魔道士」
「・・・最初からご存知でしたね?」

ネタばらしのこの時を待ちわびたかのようにクスリと悪戯っぽく彼は笑う

「暁の事も蛮神討伐の事も聞いています。唯一の黒魔道士のあなたがあんな場所で一人お気楽そうにいたのでつい面白くて声をかけてしまったのです」

この分じゃ自分が尊角でない白魔道士とバレているのも解っているだろう
なかなか手ごわい。これは難しいかもしれない色々

「でもね、私は少し楽しみにしているんですよ」
「楽しみ?」
「その”幽霊”は唯の噂話として薄れて行くかもしれませんが、きっとその子供達が成長して、少女が母親になったときに、中々遊びをやめなくて帰らなかったりなかなか寝付かない自分の子供に言う事を聞かない悪い子には”幽霊”がやってくると言い聞かせるかもしれませんね」
「ああ、なるほど」
「成長した少年は、もてあます恋人に”幽霊”の姿を見て女性の怖さを思い知る日も来るかもしれません・・・新しい”神”の誕生ですよ。もしかして私はそれを見ることが出来るかもしれない」
「なんというか・・・・意地が悪いともいえますが大変面白いですね。ユニークな人だ」
規律正しく摂理に厳しいを思っていた彼がそんな事をいうなんてと呆気に取られている私にまたふふ、と笑う
「お話出来てよかったですよ。さあ、時間も時間ですし私はギルドの宿舎へ戻ります。今日はありがとう」

すっきりしたからとでも言うように今夜の終わりを告げられて私は焦った

「お、送りましょうか?」

上ずった声でガタリと立ち上がってしまい、彼はすこし呆れたようだ
あちゃあ・・とやってしまった事を後悔してうろたえてしまう

「幽霊が出るから一人歩かせるのが心配ですか?大丈夫今夜は人も多いですし、私もこう見えて白魔道士ですからね?」
「あ、はい」

その言葉にしてやられた感じが益々強くなる

「・・・では、心配をかけてはいけませんし本当に幽霊が出た時には駆けつけてもらいましょう。リンクパールの通信を登録してくれますか?」
「そ、それはもう喜んで!」

今夜はこのまま終わりかぁと思いつつ、この手ごわさを考えればまた次があるだけでも感謝する
そして友人が増えるのはよいことだ。それだけでも。

お互いに登録を交換し、ではまたと言い残しカフェを出て行った
私はこのままカフェの宿に戻ればいいだけだが、まだ大人しくベットに入る気分でもないので
席を立ち翡翠湖の見えるテラスへ向かうと
ミューヌさんが残念だったねとでも言わんばかりにこちらに微笑む
大げさにしかめっ面をし扉を出て手すりに寄りかかって
音楽堂で買ったワインボトルを煽ると、暗い水面からパシャリと水音がする

こんな事に恋の未来を占う者もいれば、偉大な発想のきっかけにもなるかもしれない
はたまた国家を左右する決断を決める事もあるかもしれない
姿の見えない神様だ
そんな事を思いながら次にまた会う理由を一人飲みながら考え出す

 

 

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