アリゼーは大事を取って野戦病院のベッドで安静にするようにとアルフィノから言い渡されていた。
傷はほぼ癒えていたし性格的にはじれったいはずなのだうろが前線に立って戦うということがどういうことかが身に沁みたらしく、しおらしく言いつけに従っている。
そんな彼女の退屈を気遣ってアルフィノはよくここへ足を運んでいた。
日が落ちてラールガーリーチも夜の帳に覆われた頃。
アルフィノが数日前に野暮用が出来たと東へ飛び出していった光の戦士から連絡が来た事をアリゼーに伝えにやってきた。

 

「じゃあその正気を失っていた竜は雲海に帰ってこれたのね」
「ああ、邪竜眷属の血の呪縛は完全に解けたのかは判らない。けれどきっと大丈夫だろうと言っていたよ。側には彼の番いや仲間たちがいる。・・・ニーズヘッグの強い怨念も千年戦争の事実も今は誰にも贖えない。でもこうやって未来へと進む道もあるんだ」
「・・・ええ。そうね」

 

彼女の脳裏にはあの小さなコボルトの姿があった。
辺境の地で多少歴史に存在を刻みつつも隠れ住み必死に血の衝動に抗って心を壊してしまった黒い竜。
よく口にしていた竜族との和解とその可能性についての一つの結末をアルフィノはとてもうれしそうにアリゼーに話して聞かせた。

 

「でもあの人ったらあれだけの英雄譚を作って置いてまだそんな小間使いをしてるのね。結局何かが動くのがらしいといえばらしいのだけど」
「可笑しくは無いよ。それが彼の本業で冒険者なのだし。残念だが英雄に相応しい城を用意して鎮座していただく財力がないのが暁の現状だ」
「ふふっ・・・そんな椅子居心地悪くて逃げ出しちゃうでしょうけどね。彼は」

 

あの日馬車に乗り合わせたのは旅をする普通の青年。その印象は今も変わらないままで運命だけが一方的に彼を飲み込んでしまった様にも思えた。解放戦線に参加する事に乗り気でないのも見て取れたが、全てが一段落した後にアリゼーはその背中に何かの変化を感じ取っていた。

 

「で、その一緒にいたのが貴方がよく言っていた蒼の竜騎士エスティニアン?」
「ああ。・・・結果としてイシュガルドから出て行った事は蒼の竜騎士の由縁を思えば仕方が無い事だったさ。心配はしたけれどきっと重い運命から開放されて自由な生き方をしているとは信じていた。あの人らしい顛末さ」

その報告もアルフィノの喜ばしい出来事の一つだったのだろう。ベッドの端に腰掛けて病室の天井ではなくどこか遠い空でも眺めるように彼の名を口にしたのをアリゼーがクスリと笑う

 

「・・・なんだい?」
「大学にいた頃、そんな顔をした子からどれだけ私がアルフィノの話を聞かされたと思う?」
「なっ・・・そんなんじゃないよ。これは尊敬や憧れであって・・・」
「はいはいお兄様。だったらなおさら変わらないと思うけど?」

 

似たような性格の二人ではあったので、当時を振り返れば行き過ぎた向上心ではあったと思う。
しかし自分より一つ抜きん出た兄の背中にに歩調を合わせようと必死だった。
そんな彼とウルダハ事変を経て再会したあと二人はこれまでの経験をよく語り合った。
竜とそれにまつわる旅の話。イシュガルドの竜騎士と去ってしまった氷の巫女の話をする時に見せる表情は自分と居た頃には見たことのないものだった。

 

「・・・だから、タルトを食べに行くなら教えてくれって。縄で縛り上げてでもエスティニアン殿を連れて行くと言ってるよ」
「タルト・・?」
「君がリセを誘ってリムサに皆で行こうって言ったらしいじゃないか」
「そういえば言ったかしら?・・・確かにその店は気になってたんだけど」

 

とぼけてアリゼーは言って見せたが念願のアラミゴ開放にようやく歩き出した直後の帝国軍の強襲に一筋縄ではいかない国民達と彼女の温度差。目の前の現実に弱音を漏らすリセを慰めたかった。そしてどうすれば人々が動くのか先が見えない自分自身にもこの壁を乗り越えようと約束をしたかったのだ。

 

「今は無理ね。私の体はともかくリセは今それどころじゃなさそうだし」
「そうだね。これからがむしろ本番だろう・・・帝国が去っただけでアラミゴ自体はまだ失われたままだ」
「じゃあ彼は今何をしてるの?アジムステップで」
「それがね」

 

あっさりと去ろうとしたエスティニアンにまとわり付いて一緒に草原を旅しているのだという。
そしてたまたま通りかかった移動中の遊牧民がモンスターに襲われている所に遭遇し加勢したらしい。それが縁で人のいい族長の好意でそのキャラバンに二人して今夜泊めてもらっているそうなのだ。
あの地方独特のテントがあっという間に建てられ一つの集落が出来上がる様子がすごかったと興奮気味に伝えてきたのだと。

その話にアリゼーは声を出して笑った

 

「それはステキな冒険だわ・・・地平線まで広がる草原を風のように気ままに馬を駆って旅をする。遊牧民の小さな暮らしに紛れ込んで夜には火を起こしてテントを張って・・・」

 

そして自分では見ることの無かった大地を思い浮かべた。
知識としては書物で見たことがあるクガネにしてもあの色の洪水のような華やかな街や感じたことの無い文化に圧倒された。
たくさんの少数民族とその生き様を抱く草原の大気はきっと想像なんかより遥かに雄大なのだろう。

 

「羨ましいかい?」

 

ベットに横たわったまま目を閉じて見知らぬ土地に思いを馳せているのであろうアリゼーに問いかけた

 

「・・・ええ。私もウルダハを旅していた頃は毎日が新しい事だらけだったわ。見たことの無い景色、知らない人と出会って、そして別れて・・」
「旅が懐かしい?傷が癒えたら君も行けばいいさ」

「行かないわ」
「・・・」
「私は・・私たちは「暁」よ。「冒険者」じゃないもの」

 

アルフィノの瞳を見つめきっぱりとそう言い切った。

 

「おじい様の跡を追ってこの土地にやってきた。そして見つけたわ。私のエオルゼアを。貴方だってそうなのでしょう?」
「・・・そうだね」

 

この地で心は旅をしていろんな出会いがあった。
そして再び合流し今こうしている。
彼女の瞳の奥には自分の知らない出来事たちが沈んでいるのだろう。
その光をアルフィノも見つめ返した。
しばらくの沈黙の中、ふと部屋の一つの明かりが消され元々薄暗かった病室の暗さが益々増した。薬棚での作業が終ったらしい。

 

「おっともうこんな時間だ。すっかり話こんだね」

 

立ち上がり去ろうとするアルフィノの服の裾をアリゼーはそっと捕まえた。

 

「・・・貴方もここで寝ればいいわ」
「ここで?・・隣のベッドを借りるのかい?」
「駄目よ。急な患者が来るかもしれないのに汚しては」

 

そういってよいしょとベットの中央から動いて自分の隣に場所を空ける。

 

「隣に寝ればいいわ」
「・・・窮屈じゃないか」

 

普段は仲がいいというか気兼ねなどしないけれどこんな密接さを求める事は自分からはしなかったアリゼーにアルフィノは少し驚いた。抵抗は無いのだが一応は異性ということをお互いが知った上での暗黙の距離ではあったが。

 

「私たちの大きさなら大丈夫でしょ。・・・今ならね」
「・・・そうだね。今ならね」

 

小さな子供のようだと言おうとしたが、今は子供なのだ。
瓜二つのこの容姿もいずれ形を変えてしまう。
その日がやがて来る事は解ってはいるのだが、そうなった時をアルフィノは想像出来なかった。
姿を写す鏡をなくしたような気持ちになるのだろうか。
アルフィノは皮の手袋を外し難物のながいブーツを自分の足から引っこ抜いて意外と高性能な上着も脱ぎベッドの足元にまとめて置き彼女の隣に滑り込んだ。

 

「じゃあ、お邪魔しようか・・・枕が一つしかないね」
「貴方が使えばいいわ」

 

アルフィノに枕を押し付けてアリゼーはその肩を枕にするように頭を持たれ掛けさせた。
部屋の暗がりに目を閉じれば集落全体も益々静けさが増し、遠くの滝から水が流れる音が響いている。

 

「・・・本当は貴方が行きたいんじゃないの?あの人たちの所へ」

 

アリゼーが隣でつぶやいた。

 

「そうだね・・・でもいいんだ。彼らは彼らの旅をしている。私も私の旅をね。それで十分さ」

 

天空の竜の国で経験したあの夜はあの時だけのものだ。
追いかけても胸の中以外には決して存在しない。
風のような旅をあの人が続けているのならいつかまた出会えるんだろう。

 

「気が向いたらきっと風はこっちに吹くよ」

 

それは臆病風じゃなくて?とからかおうとしたが
出会いなんてそんな気分次第のものだとアリゼーも解っていた

 

 

 

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