宵闇に掠れていく夕刻のマーケット通りのまんなかを

大して重くもないワインボトルを大げさな調子で肩に担ぎ誰にとも無く茶化す様に仰々しい行進の足取りでゆっくりと闊歩する
 
この街で手に入れたアラミゴ民族風の服を着ていても頭二つは飛びぬけて高い長身のエレゼンなど異邦人なのが明らかだ
しかしここ数日で人々はもう見慣れたらしく日常の中の一場面でしかなくなっている
たまに私を知る人が呼ぶ英雄という名前にしても、もはや市場に並ぶキャベツ程度にしか意味がない

マーケットの中ほどに到着すると積み上げられた木箱の小さな舞台の上で男が声を張り上げているのが聞こえる
俺たちは誰の物でもないと
ならば訪れた自由の中で自分たちは何者なのか
そんな問いにも苦難にも開放の歓喜にも疲れた様な静かな人波へ
徐々に失われつつある焔の火種に息を吹き込むがごとくに男の声は響き続ける

狂乱の熱気が去った後の緩慢さが流れるどこか白けたアラミガンクオーターの雰囲気は
昂ぶりの中で震え続けた日々の後には心地よい空気だと私は感じていた

 

━━やあ、もしかしたら会うんじゃないかと思っていたら

 

そんな王宮の別門へ続く大きな階段前の広場で冷やかし半分で演説を聞いていた背中に
アルフィノから声をかけられた

振り向けば左手の奥にある研究所区画からぞろぞろと結構な人数の不滅隊員たちがやってくる
見覚えのある兵士が私の姿に気が付くと気まずそうに一礼し、アルフィノにではまた後日と告げそそくさと去っていった
例の悪趣味な装置の研究はまだ続いているのだろう
 
超える力が関わるとなれば暁中心になるのは当然で、どうせろくでもない事実ばかりを見せられて彼もうんざりしたのだろう
つもの上品な微笑みを浮かべてはいるがやや顔色が冴えない
人工的に光の戦士を作れるとなれば自分達もいずれ関わらされるに違いない
戦略的に使えるとなれば「雛形」である能力者の扱いも各国で揉める事になりかねず
直接「私たち」に話を持ってこないのは当事者の前で武器扱いはしづらいのだろう

 

━━最近はこの街に居るとは聞いていたよ

 

特に事件もない時は錬金術師として小間使いの仕事を探したり、こうして気に入った街を渡り歩いたりと冒険者らしい日々を過ごしている
これから何処へ向かうのか?と問われ、肩に担いでいたワインボトルで正面にある大階段の方を指した
アラミゴ奪還記念に一般市民に向けて開放された王宮の空中庭園へと続く道だ
アルフィノは少し表情を曇らせるが、ああいつもの様に景色を見ながら飲むつもりなんだねと聞いてきた
まあね、とそっけなく答え手を挙げて簡単な別れを告げると
なら私も同伴させていただこうかと追いかけて来る
 
市民には最後の将が倒された記念すべき場所だが、私たちにとっては苦しい戦いの果てに待ち受けていた理不尽な結末にやるせない記憶だけが残ったあの花園
いたずらに感傷に引き寄せられてしまわないかと彼は不安に思っているんだろう
勝手に現れて、ひとりよがりに心に触れもせず勝手に去って行った男になど大した心残りなんぞない
だから大丈夫だ


長い階段を上りきり空の面積が開けた高い区画に進むと一帯にほぼ人の気配は無かった
下層ほど高い城壁に囲まれていないせいか強い風がごうごうと地響きのように音を立てて街並みを吹き抜けていく
城に近いということで今は一般市民の住居としては開放されおらず
帝国に手を加えられ科学研究所の様に沢山残る王宮内の施設や資料の調査の為に使われているらしい

伝統的な建築物群は荒野の色合いのレンガを組み合わせ作る幾何学的な文様に飾られ
アラミゴ人といえばリトルアラミゴの原始的な穴倉ぐらしやウルダハの貧民街でくだをまく人々のように
荒んだ印象を持っていたが、それを覆すほど洗練され品のある物だった

ポルタ・プレトリアから一望できる日没前の王宮の姿などは、雲海からの風に夕焼けの光と夜の藍色を含んだ色彩絢爛な筋雲が散らされて憂いを湛えた高貴な女の横顔のように美しい
 

だがこの城に本来住まう王族は滅び今は誰もあの玉座につくものはない
リセの思い描く通りに国が成り立つのならそれは永久の空席となるだろう
ではこのただ美しいだけの空虚な象徴は今後どう扱われるのだろうか
 
隣を歩くアルフィノがなにやらリンクシェルで通話を始めた
相手はアレンヴァルドらしい

 

━━この街に一緒に来ていてね。財宝の売却に関した事は全て彼に立ち会ってもらっているのさ
 商談が終わったらしいからこちらに来ないかと誘ったんだが、構わないだろう?

 

学のなさを嘆く彼にアルフィノは財宝の管理に立ち合わせる事で様々な知識と経験を与えるつもりなのだろうが、正反対の育ちの彼らが互いを兄のように弟のように年相応の少年として交流する姿は見ていて微笑ましい
おしゃべりがしたい気分ではないが、遠くの風の音を聞くように誰かが傍に居ても別段構わない
その問いにこくりと頷いた
 

スカラ遺跡の財宝の話は見つけてみればありがちな歴史的に意味のあるもの程度のオチだろうと私は予想していた
が、まさが直接的に金銀財宝そのものが隠されているとは思っていなかった
しかしそれは残酷な王族たちの成れの果ても合わせて傲慢な狂王の事実を証明していてこの国で生まれ育ち肌でそれを理解しているアレンヴァルドは財宝の存在を確信出来ていたのだろう

私たちを一見無邪気に冒険だと誘い出したのは神童アルフィノの推理力なら謎を解き明かせる。さらに戦闘力として私が居れば確実と計算しての事だと二人でうっすらと理解していたが
それを利用されたなどとは思っていない
小ざかしく立ち回れば財宝を自分の利にする方法だってあったはずだ
全部を寄付までしなくとも発見者の取り分を主張しても可笑しくない
だが彼はそれをしなかった
アルフィノが言う彼の祖国にかける思いへの本気を信じるには十分だった

 

 

よく手入れされた花々が咲き誇る屋上庭園は閑散として誰もおらず、まばらに冒険者らしき人の姿を見る時もあるが大体はこんなものだ
そのまま中央まで進みあの男が派手に血を撒き散らした花園へ足を踏み入れる
アルフィノは折角の花を傷つけてしまう事にか、忌まわしき血への嫌悪なのか私を制止しようとしたが気にせずそこに腰を下ろすと諦めたように横へ同じく並んで座った

 
ポン、とワインのコルクを抜いて一口煽り冗談のようにアルフィノに差し出してみる

そんな野蛮な酌の仕方に苦笑しながら受け取ってボトルを煽った
 

あの化け物じみた男の血が注がれた花々はもしかして魂が宿りまた竜にでも成りはしないのか
いつもここに座ってそんな事を考えているのだとアルフィノに語ると少し真剣な顔をした後にどうだろうね、と笑って返す
それぐらいの事を起こしかねない無茶苦茶な男だった
もはや人でさえ無くなった体に囚われてしまった魂を引きずり出す様に首を掻き切り
絶頂と歓喜の様な血飛沫を撒き散らしながら清々とした微笑を浮かべていた
微塵にも未練などこの世に残さなかっただろう

 

彼は私を似たもの同士だと言った
それはきっと正しい

 

遥か彼方に置かれ決して存在しないことなど知っている水平線に向けて
緩やかな弧を描き放たれる心達
遠くに浮かぶ手が届きそうなほどの大きな入道雲と共に世界を進み
大地を渡る風の在り処を想いながら吹きぬける音を聞き

今もこの空中庭園の高みの上では戦士達が花の精密さで紋様を描きながら
あの男と共に神話を紡いでいるだろう
それは永久に終わる事は無く繰り返される

私はそんな小さなこの世界ガラクタを愛している

 


そんなもの為に

あの男の絶叫のごとき願望を彼らはそう言い切った
間違ってはいない
どんな旅の果てであろうとも命という存在の為に、私達はそれを言わなければならない


ゴロリと花園に体を横たえ見上げれば
益々激しさを増した夕暮れの雲の色彩の中、少年が輪郭を光に溶かし白い髪を輝かせている
夢の中の様に美しい光景だ

花一輪を手折り腕を伸ばしてアルフィノの髪にそれを挿すと
いったんは驚いて体を引いたが、また諦めたようになすがままに花に飾られている

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