入り口の両開きドアをからんと開けると、そこはこの地に住む開拓者や流れ着いた冒険者達が寛ぐ酒場「セブンスヘ ブン」
客の雑多な賑わいで溢れるほど人の多い時もあるが大抵はいつもの常連達が管を巻く程度の静かなもので 右手側にあるカウンター席には一番奥にいつもどおり吟遊詩人が何処かで聞いたような知らないような曲をポロポロ と爪弾き反対にある端の椅子には「彼」が酒を片手に大体座っている。
奥に進めば暁の本拠地「石の家」へ繋がるドアがあるのだが、彼はこの席が空いているときは大体ここに引っかかっ てしまうようだった。
アルフィノはその長身の大きな背中にやあ、と声をかけ石の家へと戻るのだが、何気なく会話が始まりそのまま話し込 んで隣の席に座る時もあった。

「これはね」
彼が上着のポケットから手の平ほどの大きさの立方体の結晶を取り出しカウンターの上にコトリと置いた
「クリスタルガラスを作るときに物質化したエーテルを入れて固まった後に拡散させるんだ。そうすると中に空洞が出来る」
その内部にはキラキラと光彩を屈折させて美しい蝶の形が浮かび上がっている
「錬金術ギルドに彫金ギルドから新しい調度品の開発の為に協力依頼が来てね。それにちょっと絡んできたんだけど一定の温度以上になれば形が崩れるものを入れてみたり。でも、それでは内部に何かが残ってしまう。完全な空白に ならないんだ。そこでエーテルの物質化を思いついて上手くはいったんだけどね。問題は綺麗な形にエーテルを物 質化出来る人がなかなかいなくて・・・彫刻を作るようなものなんだろうか。メンバーの中に一人上手に蝶を作れた人 がいてなんとか成功はしたんだ」
輝く蝶は置かれたテーブルの下に複雑なプリズムを振りまいて羽の翅脈までも繊細に作られていて確かによく出来て いた。
「量産もしなければいけないし、金持ちのオーダーにも対応できるようにどんな形でもエーテルで再現出来るようにな らなきゃいけないから『エーテル成型士』でも育成するかとなったんだけど、それじゃ採算も合わないだろうっていうん で商品化は見送りになったというね」
「研究というのも大変だね」
クリスタルガラス自体はさほど高級な物でもなく負担とは釣り合わなかったのか。
結局これは彼の笑い話の一つのネタの記念品になったのだろう。
しかしガラスに指を寄せ燐粉のごとく落ちる乱反射のきら めきをうっとりと見つめていた。かなり気に入っている様子だ。
「とてもロマンティックだよね。この中には『無』があるんだ。あるはずのない蝶がこの中には『ある』」
存在しない蝶。
立方体の中の無
アルフィノは言葉もなく去ったエスティニアンのことを思い返していた。
千年戦争が終わり新しく歩み始めたあの国では邪竜も”竜を屠る”竜騎士という存在も過去の忌まわしき象徴となる他 なかっただろう。
だからふらりと姿を消したあの人はそれらを胸に抱き旅立った。
きっとニーズヘッグという空白を携えて。 そして、空白は咆えるのだろうか。
今は存在しないはずの邪竜は。
 
その問いに光の戦士はふむ、と答えると空になった自分のグラスにボトルから赤ワインを注ぐとランプの明かりを孕ん だ赤く渦巻いた光が満ちていく。
普段のアルフィノからすると酷く脈略のない話だった。薄い果実酒でも重ねれば酔ったのだろう。
 
「・・・そうだね。皆何かをなくしてその空白を抱えている。
家族、友人、生まれ育った土地、かつての傲慢と驕り、すがった幻想、 偽りの真実、自分・・・
精々こうやって酒でも注ぎ込むしかないのかもな」
 
半分ほどになったアルフィノの杯に彼はワインをなみなみと注ぎ込むと最初はあっ、と戸惑ったがアルコール度数の増えたそれを諦めたように口をつける。
ほんの一口二口なのだろうが酔いは加速したのか ふぅ、と何かの想いが溢れる様な吐息をついた
 
 
 
 

「ああ、成長期はともかくダルかったのを覚えてるなあ。住んでいたあたりは霊災の被害は直接に受けなかったけど、食糧不足のおかげで農家は皆忙しかったから働きづめで・・・世の中は不安定だし、何日か前着れてた服が入らなくなったりすぐ腹が減ってメシはまだかまだかと我慢しきれないぐらいでさ。周囲も自分も変わってしまう不安は大きかった」
 
いつもどおりにセブンスヘブンのカウンター席にまた引っかかってしまった光の戦士に引っかかる形でまたその隣に座る。
アリスさんが何も言わずにぶどうジュースを出してくれたが今日彼はエールを飲んでいるので無理矢理自分のグラスにワインを注がれる心配がない。
ラウンジに入ってしまえばなんだかんだと雑用が待ち構えているし、さして急ぐ用事もない時に一休みにとつい座ってしまうのだが、真面目な話もどうでもいい話もする機会が増えた事が面白くもあった。
話の流れが今の自分の年齢になった時、ふと思いついてもう数年すればやってくる成長期の話を彼に聞いてみた。
 
「同じ年頃の近所の幼馴染とかがさ、ついこの間まで似たような背丈だったのに合うたびに大きさが変わってくの。自分より大きくなったヤツを悔しく思ったり、成長期がまだ来ないヤツをからかったりとか。大人になったつもりで粋がって酒場に出入りし始めて。酒の飲み方も解らなくて騒いだり潰れたりして酒場のオヤジに嫌がられてたな。周りの凸凹したガキ連中も同じように不安だったんだろうね。とにかく楽しいことを探し回ってたよ。」
 
大学にいた頃、年齢的に成長期のエレゼン族が多かったので確かに見かけるたびに姿が変わっていくのは見慣れた事だったが他の学生達とはさして交流もせず、こうした話も聞いたことが無かったので自分にはまだ先だと他人事の様に感じていたのを思い出す。
ジョッキを呷りながら回想していた光の戦士がふと何かに気がついたように自分の顔を見詰めた。
 
「君は、お爺さんの面影があるね。目元も鼻の形も似てる気がする・・・背丈もあれぐらいにはなるのかな?」
 
彼が見たのはあの拘束艦の中でだろう。
バハムートに取り込まれた幻体ではあったが生前の祖父の姿は変わってはいなかった。 似ているとはよく言われたことだ。血が繋がっているのだから当然なのだがそれが誇らしかった。
 
「私の一族は皆背が高くてね。男兄弟ばかりだったが皆・・・これぐらいに育ったよ。君がもしかして私を追い越して大きくなったら悔しいだろうな」
 
幾らなんでもそこまでは伸びないよと笑って言った。知る限りのエレゼンの中で彼以上に背の高い人を見たことが無い。
 
ふと、「あの人」はどうだったかな、と考えた。 竜騎士の鎧を着ていたあの姿。見上げる兜の奥の油断の無い表情や、それとは全く違ったベッドに横たわるあの線の細い印象の顔。抱かれた時しがみ付くのがやっとの鍛えられた体。
思い出せば生意気な自分をやり込めるあの皮肉好きな性格やそれでも見守ってくれているような距離感。今まだ子供の体で見るあの人の事を一体どこまで知っているのだろうか。
成長したらあの人と同じぐらいにはなってしまうのだろうか。どこかに過去の誰かの面影を自分に重ねているのだとしてそれが変わってしまったのなら・・・。胸に微かな陰りがよぎるが、だがきっと今この自分の気持ちは変わらないのだろう。
例え過去に書いた手紙を読むような思い出になってしまったとしても。
そして成長した高さから見るあの人はどう見えるのだろう。むしろそれが楽しみでもあった。
 
「・・・誰の事を考えながら今そうして私を見ているのか当ててみようか?」
 
彼を見ながらつい考えてしまったのがバレてしまったらしい。目の前にいるのに視界に入っていないのが癪だというように顔を寄せて少々痛いほどにコツンと額をぶつけられた
 
 
 

 
雑用を済ませたアルフィノがレブナンツトールのエーテライトに到着すると石作りの町の暗がりに肌に感じるほど濃厚なエーテルが漂っている。
『今夜は妖霧か…』
重く幕を張る極彩色の空を見ながら、ふとイゼルのことが思い出された。
 
姉のように凛としているようで少女の様なあどけなさを持った純粋な彼女
長く美しい髪が靡く背姿
 
いつも心のどこかに彼女の面影が留まってはいるのだが、窓から吹き込んだ風に気づくように妙に脳裏に浮かび上がる。
巨大戦艦がこの地に墜落した事が始まりのある意味人工的に作られた天気だ。その天候はどこかアジス・ラーと似ているからなのだろうか。

アルフィノはそんなことを思いながらセブンスヘブンの両開きのドアをカランと押し開くといつもの席に彼が座っていた。
大体は店に客が来れば興味深げに入り口へ顔を向けるのだが今日はカウンターに肘を乗せて頬杖をついてぼんやりとしたまま。やあ、と手を上げて声をかけると明らかに浮かない顔でちらりと視線を向け、愛想笑いでもしようとしたのだろうが曖昧な表情でやあ、 と返す。
こんな態度は別段珍しいことでもなかった。気分屋な部分があるのは知っていたし、何か考え事でもしているのだろう。
それ以上は何も言わず店の奥の扉から石の家へと戻った。
ラウンジに入ると楽しげな笑い声が聞こえる。箱の積まれた物置あたりでたむろするいつものメンバー達が質素なテーブルを囲んで酒盛りをしているようだ。
会議用のラウンドテーブルでも数人がなにやら話し合っていてバーカウンターにはラミンやヒギリ達。
いつもの静かな日常の光景だった。
「おかえりなさいアルフィノ君」
受付机あたりにいたクルルがアルフィノの姿を見つけ声を掛けた。
そこにはタタルやヤシュトラ達も集まっていて、アルフィノの雑用の成果を伝え今日集まった情報を確認し今の情勢などを皆で話し合う。
切迫した問題もなく取り留めのない推測が飛び交うがそんな中でもなぜかまだ脳裏にいるイゼルの姿がそのまま消えずにいた。
これは何かの予感なのだろうか。
しかし胸が騒ぐ訳でもなく、あの日の事を思い出した時のような深い悲しみに覆われている訳でもない。
ただ、彼女の姿が蘇るだけだった。
 
かつて暮らしたというテイルフェザーの森の中、木漏れ日の下共にいた時間
ドラヴァニア雲海でモーグリの可愛さに虜になったりエスティニアンとひたすら続けていた小競り合いに激しく言い返す表情
イシュガルドへ歯向かう革命者「氷の巫女」ではなく、ただ普通の一人の女性としての姿が。
 
その間にも皆の話し合いは続いたのだが、意識を無理に会話の輪に向けてもまったく頭に入ってこない。
きっと今日はそういう日なのだろうとアルフィノは集中力を取り戻すことを諦めて適当な理由でその場から離ることにした。
 
ラウンジから逃げるように再びセブンスヘブンへ入るとやはり彼は同じ席で同じように頬杖をついて座っていた。浮かない顔、というのはこのことだ ろうという風情で。
アルフィノが空いていた隣の席に腰掛けるとほんの少し口角を上げて笑ってみせる。
おそらく一人で居たかったのだろうとは思ったがなにせ自分にしても一人で落ち着く理由と場所を探さなければならなかった。アルフィノも軽い微 笑みを彼に向けただけで話しかけはしない。
 
「ワインを貰えるだろうか。ボトルで。ああ、グラスは2つ頼みます」
 
そうアリスに注文する。日頃どれだけ薦めても自分からはそんなまともな酒を頼んだことなどなかったのにと彼はおや、と意外そうにアルフィノのほう を横目で見やる。するといつもと違う注文に戸惑いながら出された二つのグラスを目の前に並べ、それにワインを注ぎ込んだ。そして片方のグラスをす っと滑らせて自分の正面へ置き手に取った方のグラスをそれに向かって軽く掲げた。
乾杯でもするように。
いつもよりはグイッといい飲みっぷりでワインを口にする。
てっきり自分に酌でもするつもりなのかと多少期待していたのだろう彼が本格的にいぶかしんでアルフィノの様子を伺いだした。

「・・・こんな時、どうすればいいか解らないんだ。私は」

まるで独り言のようにアルフィノはつぶやいた。

「何故か、彼女のことが無性に思い出されてね」

自分のような若輩者がこんな事をすればまた彼に生意気だだの大人ぶって、などと言われるのだろうとは思った。
しかし本当に解らなかったのだ。持て余すわけでもなく、ただ陽炎のように立ち昇るこの気持ちをどうすればいいのか。

「・・・もし、違う運命があったなら、と考えはするんだ。いつも」

その言葉にあのウルダハに向かうキャリッジから始まって共に戦い、果てに自分の野心にまで巻き込んできたこれまでを苦く思い出す。さまざまな出来事を一身に受け止めてきたのは彼だ。ゆえにその経験は時に彼に重く圧し掛かる。そして後悔も同じくだろう。

「・・・私はね」

彼もまた自分の杯に視線を落とし静かに語りだした。

「たまに、彼女の名を呼ぶんだ。もちろん心の中でだけどね。あの頃、まさか同じ目的で仲間になって一緒に行動することがあるだなんて思いもし なかったんだ。だからあの頃、何気なく大した用事でもないのに名前を呼んで、そして彼女は私に答える。それだけのことなのに。とてもとても不思議 な事の様で」

きっとその頃の彼女に向けたのだろう微笑が彼の表情に浮かんでいる。

「今でもあの不思議さをふと思い出して、名前を呼ぶんだ」

お互いが同じあの夜と面影を胸の内に持っている。しかしそれは思い出として語るものではないだろうという気がしていた。
では自分はどうすればよいのだろうか。彼の為に出来ることは。
 
「・・・結局、この気持ちは一人分の席に置くしかないのかもしれないね。君と共に」

恐らく彼にまたそんな生意気な事を、と言われるのを承知でおどける様に言ってみせた。案の定片眉をひょいと上げてしかめっ面を作っている。
そして手を伸ばし自分のワインボトルをアルフィノのグラスにこぼれる寸前まで注ぐ。持ち上げればこぼれてしまうほどだ。

やれやれとカウンターに置かれたままそのワインに口をつけると横で彼が面白そうにニヤニヤとそれを見ていた
 
 
 
inserted by FC2 system