吸い込まれそうなほど澄んだ濃紺が沈む空を背景に聖女シヴァ像が聳え立つ
足元から見上げても全て視界に入らないほど巨大で、しかし遠くから見た幻想的な白さとは違いその石肌に艶はなく風化の傷が現れている。
ちいさな手に鑿を持つモーグリが数匹像の周囲を飛び回り、破損部分の具合を確かめているようだった。

「彼は彫刻家になりたいそうでね。今は修復の構想中らしい」

背に呪具を背負ったエレゼンの男はアイメリクの横でまぶしそうに手でひさしを作りながら同じくシヴァ像を見上げている

「あんたはよく此処に顔を出してるみたいだな」

「それほど頻繁でもない・・・が、まあ復興状態と竜族の洞察偵察という名目をこしらえているのは事実だな。しかしシヴァ像をこれほど近くで見たのは初めてだ。君に聞いた話とは違ってずいぶん真剣に取り組んでいるのだね。彼らは」

「そりゃあ、こうなるまでに色々あった話もしたほうがいいのか・・・?」

ふん、とやや投げやりに言うと修復団の報告は聞いていたアイメリクは苦笑した。

「この時代からイシュガルドの石像作りの技術は受け継がれてきたのだな」

「あの日怒り狂ったニーズヘッグがほとんどの建築物は焼き尽くしたんだろう。他の眷属達も人間の居住区域をずいぶん丁寧に破壊して回ったみたいだ。人の暮らしの痕跡はほぼ壊滅的だよ。しかしこの象と向こうにある「王」のシンボルはそのままに残っている。フレースヴェルクの支配区域で破壊は免れたんだろうが、もしかしたら過去の「蜜月」の記憶が邪竜側にも存在していたのかもしれないね」

男が背後の浮島から見える回転している謎のオブジェクトを指差した。

「なるほど・・・初代の王のモチーフなのだろうかあれは」

融和の道を選択した当時の王がどういった人物だったのかもこの修復プロジェクトで交流していけばモーグリ達から話を聞くことができるのだろうか。
竜族との絆は新しく紡がれ始め、この静寂な大地に再び人の姿が現れる。
しかし邪竜眷属の者達も大きな動きは見せないものの、遭遇すれば攻撃される事例は起こっているらしい。
竜と成ることを選んだ者や異端者、千年の重みをどう受け止めるかいまだ戸惑う者。
小さな火種はいまだ燻っている。すこし大きな風が吹くだけで容易く燃え広がるだろう。
そうした問題に日々追われているのがアイメリクの現状だ。

「魂ごと喰らわれるというのはどんな気分なのだろうね」

男は雲が一面に広がる水平線の果てを眺めながらつぶやいた

「・・・そうだな。もののたとえでもなく心から愛するものと一つになる。叶うならこれほど素晴らしい事はないだろう。」

「そうかな?・・・たまにはフカフカのベッドで眠りたい、とか熱いコーヒーの香りを嗅ぎながら楽しみたいとかさ、思っちゃったりしないのかな。竜の体じゃ出来ない事をさ 」

そんな子供みたいなことを、と笑って流すがこれは彼の冗談なのだろうとは判っていた。

「少女の、種族を超えた竜への真摯な恋は成就し二つの魂が共にエーテルに還るまで永遠に契られた。こんな見事な恋の完成なんで、確かに奇跡だ」

降り注ぐ光の中で大きな羽に包まれ自らも背に羽を持つ清らかな乙女は祈るように瞳を閉じている。

「イゼルだって、きっと恋をしたんだ。幻じゃなくあの時現れた竜に・・・悠久の時の中の竜たちに。そしてシヴァは手に入れたんだ。こんな立派な翼を。きっと彼女だけじゃなかったはずさ。竜に成る、という選択は呪いだけじゃないはずだ」

アイメリクは果てしない雲海の水平線をずっと見つめる彼の言わんとすることは解らないでもなかった。
この壮麗な雲の上のかつての美しい王国。しかしこれほどのものを手に入れてながらも人は裏切った。
移ろい易き人の性の愚かさだろうか。だからこそ恋をしたのかもしれない。人々は

「・・・今日は私のわがままに付き合ってもらってすまなかったね」

「いつぞやのお食事会は結局うやむやになったしな。その埋め合せみたいなもんだ」

男は正直アイメリクが苦手だった。もちろん信頼は出来るのだがそのまっすぐな性格は真正面からやって来すぎて戸惑うのだ。
腹づもりには色々あるのだろうが、姑息に立ち回っても結局は正道が一番確実な事を知っている。
そんな相手が一番手ごわい。こちらも正面から向かわねばいけないし、ひどく疲れるのだ。
しかし初めてこのドラヴァニア雲海に来た時。この隙のない男が無防備なほど絶景に見惚れている背中がひどく印象に残っていた。
そしてこんなふうに同じ景色を眺めながら語らう事があってもいい、そう思ったのだ。
 
 
top
 
 
 
inserted by FC2 system